SW特別鉄道旅行2015・1日目(9/19)

yochi

2015年09月22日 22:02

今日は、連休明け後の出社となり、組織の変更と共に座席配置も一部変わっており、役員の目線が気になるところでしたが、やはり配布されていた組織図を見て、ついに事業部長補佐を兼ねた課長になっておりました。これまで主任までしか務めたことがないため、初の課長となります。しかも、所属事業部課が1部2課制であったのが2部2課制となっており、2つに分かれており、両部を統括する立場になりました。事務的に少々面倒なことを覚えていかないといけないのですが、先々のことはその時に委ね、連休中もしっかりと仕事をこなしてもらっており助かりました。基本的なことができる部署であれば、誰が欠けても安心です。

さて、今回は、大型シルバーウィーク連休特別鉄道旅行の1日目・浅草橋から房総半島のど真ん中経由で成田空港へ向かい、初の北海道に至るまでを記します。


起床は5時50分。但し、友人が4時半過ぎに起き、5時半の列車に乗るため、その都度起きて連絡を取る特別体制であった。風呂に入り、身支度を整え、朝食を摂りに6時40分にホテルを出る。浅草橋駅の近くに松屋があることを事前に調べており、横断歩道を渡って店内に入り着席する。が、よくよく考えたら、首都圏の飲食店は食券制であることが大半である。食券を買わずに着席するなど、田舎者とバレたも同然である。
そこを平静を装って改めて食券を買い、プレミアム牛めしに生野菜のセットでの朝食となった。お肉が柔らかく、プレミアムという名を付けるのも良く分かるが、あまり大した差ではないような気がする。

店を出て、再び浅草橋駅に入り、指定席券売機で事前に予約していた切符とこの日の旅の主役・休日おでかけパスを買う。時間に余裕があるため、気持ちの上でも焦りはなく、総武線を隣の秋葉原駅へと向かう。秋葉原駅に7時10分過ぎに着き、宇都宮市からやって来る友人を待つ。なお、この日が当初考えていたアルペンルート踏破ではなく鉄道旅行になったのは、春から夏にかけて彼と連絡が取れなくなったためである。その罪滅ぼしも兼ねて彼は参加するのだが、なかなかやって来ない。7時20分を過ぎ、乗車する新宿わかしお号の到着も迫り、ようやく電話で連絡がついたのだが、彼から発せられたのは「階段を下りたんだけど」のくだり。京浜東北線で来た以上、階段を上がったなら分かるが、下りてしまえばそのまま秋葉原の街に出てしまう。この旅程中、唯一怒気を込めて「総武線は3階だ!早く階段を上がって来い!」と怒鳴り、ようやく発車6分前に再会できた。

乗車するのはグリーン車である。秋葉原と大原の間は100kmないため、グリーン料金が比較的安い。せっかくなので乗ってみようという魂胆である。グリーン車に乗るのは自分たちと初老の紳士のみ。なかなか乗らないようである。
これまで、秋葉原から南、北、西はそれぞれ乗車したことはあったのだが、東が無かった。というわけで、この日は房総半島を中心に、未踏線区を回っていく。ただ、グリーン座席にしては、妙にガタガタ揺れていた。ちゃんと整備して欲しいものである。

秋葉原から特急に乗るのは初めてだが、錦糸町駅までの速度の遅さには、友人がかなり反応を示していた。原付よりも遅い感じで、いったいどうなる事かと思っていたが、錦糸町駅を出てからはすこぶる快速で、両国国技館の建物などの初めて見る沿線の風景を眺めつつ、蘇我駅を出てから郊外に入り、あれよあれよと大原駅で下車。




ちなみに、休日おでかけパスは外房線では茂原駅までしか有効ではないため、事前に茂原~大原駅間の乗車券も購入済みである。自動改札機ではじかれるが、駅員に見せれば休日おでかけパスはちゃんと返してもらえ、何のおとがめも受けない。

ここでいすみ鉄道に乗り換え、房総横断記念乗車券と急行の自由席券を自販機で買う。なお、友人は家を出てから何も口にしていないということで、食べ物と飲み物を買っていた。
列に並び、発車15分前から乗車できるようになり、券を見せてキハ52形の車内に入る。

鹿屋の鉄道記念館に鎮座している車両と似た雰囲気はあるが、驚いたのは座ったとたんにギャグのように座席が外れて傾いたこと。あわてて台座の上に載せ直して事なきを得たが、ホットコーヒーやカップラーメンを持ちこんでいたらやけどは免れなかったかもしれない。

乗った列車は「急行1号」といい、首都圏では見られなくなった旧国鉄型ディーゼルカーを運行させているのが特徴の一つとなっている。
急行型車両として製造されたキハ28形も指定席として乗車できるが、自分にとってキハ28形は20世紀末に指宿枕崎線で乗車したことのある車両であり、別段珍しさがなかったので、キハ52形の方にしたのであった。

列車は房総の山中へと分け入っていき、所々川を渡り、時に田園風景が広がり、車窓を余すところなく楽しめた。終点の上総中野駅まで出たところで、普通なら5分後に出発する小湊鐵道の列車に乗り換えるのであるが、台風18号の影響による大雨で月崎駅まで不通となっており、バス代行運行となっていた。



というわけで、特に何もない駅前で40分近く待つ羽目になるのだが、さすがにのどが渇いたため、メロンソーダを買って飲んでいた。友人と談笑し、時に小型の蜂を駅舎外へ出そうと画策していたのであるが、トイレから戻ったら、なぜかパトカーがやってきていた。どんなトラブルが起きたのかは定かではないが、田舎の駅にしては物騒な話である。

そのパトカーを横目に、代行バスに乗車して月崎駅に向かう。所々細い道もあり、よくバスが通れるなと感心しつつ、月崎駅で小湊鐵道の列車に乗り込む。上総中野の文字が月崎に置き換えられていたのが印象的であった。





小湊鐵道の上総牛久駅までは、駅のそばにあるのは人家が少ない田園風景ばかりである。駅のそばに人家がないのを不思議に思いつつ、貴重なタブレット交換による行き違いなどを見て、直線に敷かれた区間が多いことに印象を受け、五井駅に到着したのが12時45分過ぎのこと。駅構内の売店でおにぎりと飲み物を買い、先ほど特急で通った蘇我へ向かい、京葉線快速に乗り込んで、海浜幕張駅では東京ゲームショウ2015がこの日から開幕したということもあり、大勢の中高校生が乗り込んでくる中、南船橋まで。
スマホの路線案内で、真向かいの3番ホームに武蔵野線列車が3分後に接続するということで身構え、ホームに人の姿が少ないことに歓喜して並んでいたら、すさまじいことが起きていることを知った。なんと、北府中駅の信号故障で武蔵野線のダイヤが乱れている、というのである。その間にも京葉線列車が到着し、しまいには京葉線内でもトラブルが起きたらしく、電車が全て止まった状態となっていた。

次の常磐線との接続を考えると、14時20分までに南船橋駅を出発しないと、東松戸駅でスカイアクセス線に乗り換えて成田空港直行となりかねない事態だっただけに、かなり切迫した局面にあった。奇跡的に7分前に列車が入線してきて事なきを得、14時19分に南船橋駅を出発、新松戸駅で常磐線に乗り換えて、終点の我孫子駅で下車する。お目当ては6年前にも食べたうどんである。今回はちくわ天を乗せたが、やはりおいしかった。お客さんでにぎわっており、その土地の名物を食べる幸せに浸れた。

成田駅行きの成田線普通列車に乗り込むが、水戸線張りの閑散線区で、久々に電車内で落ち着いて景色を堪能できた。成田駅の手前の2ヶ所では、急こう配の道路を見かけ、バイクだとウィリーするんじゃないかといった心配もしつつ、成田空港行きの列車に乗り換え、予定通りに到着。これで、関東の未踏線区は房総半島の南端と東端、蘇我~成田間など、かなり減らすことができた。
成田空港から乗るのはLCCのバニラエアの新千歳行き。初の成田空港に、初のLCC搭乗と初物尽くしとなるが、第三ターミナルまでの距離の長さには、ここまでするかというほどのチープさには何とも言えなかった。ターミナル内も、鹿児島のホームセンター「A-Z」みたいな簡素さが明確に出ていて、むしろここまで安く仕上げる必要があったのかと思うほどであった。

友人とはここで別れ、持ってきた多機能キャリーバッグが機内に持ち込めないということで、預けてから10分程待機して、それから出発ロビーに入るが、いすがソファしかない上、バス移動ということで、出番が来るまで待つ羽目となった。しばしスマホでニュースに目を通し、ようやく階段を下りてバスに乗り込むが、階段の途中で排気ガスをかなり強烈に感じた。ゆとりがある人は、よほどのことでない限り、成田空港からLCCに乗らない方がいいのではないかと思った。

成田空港を出発し、初の北の大地へと飛び立ったが、特に機内に不満などなく、仮眠して過ごしてあっという間に北海道の大地に足を踏み入れた。これで残る未踏破都道府県は沖縄県を残すのみとなった。
新千歳空港で一番最初に降りれたほか、手荷物は2番目に出てくるなどいいことずくめで、おかげで出発寸前の予定より1本早い快速列車に乗り込めた。夜なので景色はさほど楽しめないが、車内放送や路線案内図を見て、改めて北海道にいることを実感させられる。
札幌駅で下車し、地下鉄に乗り換え、ホテルのある中島公園駅で下車。大通公園とすすきのには行けなかった。

天候は雨と聞いていたが、雨は既に上がっており、所々に水たまりが出来ていた。半そでだったがまだまだ大丈夫で、5分程歩いて「めんこい茉季詩夢」へ。塩バターラーメンを食すが、実においしい。塩ラーメンが好きではない自分でも、全然いけた。
その後ホテルで0時半に就寝し、1日が終わった。

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