2024年01月03日
帰省して姪の進路相談に乗る
新年明けましておめでとうございます。
令和6年が始まって早々、信長の野望シリーズでお世話になる能登畠山氏の領国であった石川県北部の能登地方を中心に、甚大な地震による被害が発生して、大変驚いております。
2013年のGWツーリングで訪れたところでもあっただけに、群発地震の恐ろしさを痛感したところで、被害に遭われた皆様が少しでも早く安心して暮らせることを願っております。
※募金もします。
今年の年始は、えびの市回りで藤川天神に立ち寄り、試験合格のお礼と今年高校受験の生徒たちの合格祈願をして、阿久根・日置両市に立ち寄って墓参しています。
墓参については例年通りですので省略です。
さて、実家に戻っても、特に何もすることがなく、テレビを見て、ダラダラ過ごすだけでしたが、夜9時に妹家族が戻ってきたため、いろいろ近況を聞きました。
何と妹が第三子妊娠中とのことで、「少々高齢出産だな…」と思いつつも、再婚してますので、義弟二号との間の第一子、ということになります。
いやあ、複雑な家庭は、どうも自分には合いません。
一応他人事、ということで、このことはここに記すだけにしておき、写真屋で今年小学校卒業の姪の写真を見た、という話をして、こう見えて意外と顔が広いことを話しますが、どうもピンとこないようです。
そして、自クラスと同じ年齢の姪から、2学期の成績が上がったことについて報告を受け、褒めまくりでした。
父(姪から見て祖父)は褒めない人なので、褒める上に教員をやっている自分の話はよく聞いてくれます。
社会科で4を取ったとのことで、1年前には2だったとは思えないと褒めまくりです。
私がテストによく出るところを教えていたのが良かったのかもしれません。
他にも家庭科が上がったなど、自信を持ってきているのは良いことだと伝えています。
いよいよ来年が高校受験、という話になったところで、どうするか考えているのか、と問うと、特になんもない、とのこと。
教育相談や三者面談で、自クラスの生徒たちと話をしていることから、意外とこの世代は具体的に考える人が少ないのか、と思うところでした。
私が小6~中2でどんなことを考えていたか、話をするも、それでも急には思いつかないところなんでしょう。
なお、総理大臣(⇒生徒会役員?)になること以外の2点(大学教授⇒教員、経営者⇒個人事業[副業])はだいたい実現してきた、という内容で、完璧ではないもののそれなりに、というところでしょうか。
専門性の高さ、資格を持つことが強みになることについて話をしていますが、人の真似ができない領域に到達していくことで、そのまま専門性の高さにつながっていきます。
姪の話からも、特技として人のネットワークに入り込むのが上手いこと(なかなかこのタイプはいないので希少)、そして、そのネットワークから入る情報を組み合わせて新しいものを考えて流行らせること(これは私の小学~中学半ばと似た特徴を持つ)、新しいものに興味を持つこと、などあり、文部科学省が求める人材像とも方向性が合うことを伝えています。
いろいろ考えることが大事であり、誰しも最適解を持ち合わせているわけではないがゆえに、そうした習慣を身につけていることは強みになる、と私はみました。
進学先候補としては地元の高校を挙げていましたが、高校では似た学力の集団、同じことに興味・関心がある集団が集まりやすく、より広く深く学習していくことを考えると、学力相応の学校が良いと話をしています。
成績が上昇傾向にありますので、あわよくば我が母校くらいには入ってほしいと思いつつも、上を目指して競争していくこと、それがその先の就職試験や大学入試などでの選択肢の幅が広がっていくこと、その実現のために勉強していく、といった話をしています。
途中で父が、私にも昔したような話をしていましたが、姪の感覚では理解しにくいと判断し、上記のように分かりやすく、先のことも考えやすく落とし込む内容で伝えています。
結局のところ、社会人になって誰しも稼げる訳ではありません。
データサイエンティストのような仕事は数学が得意であり、プログラミングの技能も要求され、必要に応じてログの採取のスキルも必要です。
本が好き、と言っていましたが、司書は正規での採用は競争が激しく、非正規雇用が今や半分を超えている実態もあります。
私も、IT系に転向したのが社会人5年目のことであり、そこからの積み重ね16年で今に至っています。
自己実現を図るのが大切ではあるものの、精神的に豊かでも物理的に貧しいのもまた問題です。
姪はまた会いたがってましたので、春に時間が取れれば続きをしたいところです。
令和6年が始まって早々、信長の野望シリーズでお世話になる能登畠山氏の領国であった石川県北部の能登地方を中心に、甚大な地震による被害が発生して、大変驚いております。
2013年のGWツーリングで訪れたところでもあっただけに、群発地震の恐ろしさを痛感したところで、被害に遭われた皆様が少しでも早く安心して暮らせることを願っております。
※募金もします。
今年の年始は、えびの市回りで藤川天神に立ち寄り、試験合格のお礼と今年高校受験の生徒たちの合格祈願をして、阿久根・日置両市に立ち寄って墓参しています。
墓参については例年通りですので省略です。
さて、実家に戻っても、特に何もすることがなく、テレビを見て、ダラダラ過ごすだけでしたが、夜9時に妹家族が戻ってきたため、いろいろ近況を聞きました。
何と妹が第三子妊娠中とのことで、「少々高齢出産だな…」と思いつつも、再婚してますので、義弟二号との間の第一子、ということになります。
いやあ、複雑な家庭は、どうも自分には合いません。
一応他人事、ということで、このことはここに記すだけにしておき、写真屋で今年小学校卒業の姪の写真を見た、という話をして、こう見えて意外と顔が広いことを話しますが、どうもピンとこないようです。
そして、自クラスと同じ年齢の姪から、2学期の成績が上がったことについて報告を受け、褒めまくりでした。
父(姪から見て祖父)は褒めない人なので、褒める上に教員をやっている自分の話はよく聞いてくれます。
社会科で4を取ったとのことで、1年前には2だったとは思えないと褒めまくりです。
私がテストによく出るところを教えていたのが良かったのかもしれません。
他にも家庭科が上がったなど、自信を持ってきているのは良いことだと伝えています。
いよいよ来年が高校受験、という話になったところで、どうするか考えているのか、と問うと、特になんもない、とのこと。
教育相談や三者面談で、自クラスの生徒たちと話をしていることから、意外とこの世代は具体的に考える人が少ないのか、と思うところでした。
私が小6~中2でどんなことを考えていたか、話をするも、それでも急には思いつかないところなんでしょう。
なお、総理大臣(⇒生徒会役員?)になること以外の2点(大学教授⇒教員、経営者⇒個人事業[副業])はだいたい実現してきた、という内容で、完璧ではないもののそれなりに、というところでしょうか。
専門性の高さ、資格を持つことが強みになることについて話をしていますが、人の真似ができない領域に到達していくことで、そのまま専門性の高さにつながっていきます。
姪の話からも、特技として人のネットワークに入り込むのが上手いこと(なかなかこのタイプはいないので希少)、そして、そのネットワークから入る情報を組み合わせて新しいものを考えて流行らせること(これは私の小学~中学半ばと似た特徴を持つ)、新しいものに興味を持つこと、などあり、文部科学省が求める人材像とも方向性が合うことを伝えています。
いろいろ考えることが大事であり、誰しも最適解を持ち合わせているわけではないがゆえに、そうした習慣を身につけていることは強みになる、と私はみました。
進学先候補としては地元の高校を挙げていましたが、高校では似た学力の集団、同じことに興味・関心がある集団が集まりやすく、より広く深く学習していくことを考えると、学力相応の学校が良いと話をしています。
成績が上昇傾向にありますので、あわよくば我が母校くらいには入ってほしいと思いつつも、上を目指して競争していくこと、それがその先の就職試験や大学入試などでの選択肢の幅が広がっていくこと、その実現のために勉強していく、といった話をしています。
途中で父が、私にも昔したような話をしていましたが、姪の感覚では理解しにくいと判断し、上記のように分かりやすく、先のことも考えやすく落とし込む内容で伝えています。
結局のところ、社会人になって誰しも稼げる訳ではありません。
データサイエンティストのような仕事は数学が得意であり、プログラミングの技能も要求され、必要に応じてログの採取のスキルも必要です。
本が好き、と言っていましたが、司書は正規での採用は競争が激しく、非正規雇用が今や半分を超えている実態もあります。
私も、IT系に転向したのが社会人5年目のことであり、そこからの積み重ね16年で今に至っています。
自己実現を図るのが大切ではあるものの、精神的に豊かでも物理的に貧しいのもまた問題です。
姪はまた会いたがってましたので、春に時間が取れれば続きをしたいところです。