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プロフィール
yochi
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↑2001年10月・鹿屋市の寿北小学校での教育実習風景より

教員免許を小中高取ったはよかったものの、平成の間は教採一次試験が一度も合格できず・・・。
そんな管理人は、パワハラがはびこる三流○○ック企業で5年半に渡り数々の辛酸をなめた後、招聘された印刷会社のWEB部門で2013年3月に1級ウェブデザイン技能士を取るなど2年間在籍して成長を遂げた後、結構有名な会社に課長職も含め9年弱勤務。
が、定期昇給が無く、頑張り甲斐が無くなったので、元部下の話から教採を15年ぶりに受け始め、令和になって毎年二次試験まで進出できるように。教員免許の追加取得に向けて通信制大学で学び、免許の取得の条件が「人物に関する証明書」の取得で、二次試験落ちから考えられる実地経験の必要性から18年ぶりに臨採教員に復帰。
そして令和6年度から正規教員として勤務開始。
国の宝の子どもたちの育成のため、これまでの経験を活かして頑張ります。
~~所有国家資格~~
【1級ウェブデザイン技能士】
【基本情報技術者】
【2級ファイナンシャル・プランニング技能士(個人資産)】
【乙種危険物取扱者(第4類)】
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Posted by チェスト at

2012年11月30日

古都を目指して~鉄道旅行2012・2日目(八王子~蒲田)

【11月24日】
八王子駅を14:00ちょうどに出発する横浜線の電車に乗り込み、橋本駅を目指す。
なお、ここからしばらくは人が多いため、吊革を握っての乗車となる。

街中を走っていると気になることがある。
線路に面した側だけ雨戸が閉まっている家やアパートが時折散見されることである。
侵入盗に線路沿いでは目につきやすいとか、そんな理由なのかもしれないが、北側で雨戸が閉まっているのを見た時には明らかに違和感を感じた。

首都圏の防犯事情は分からないが、何はともあれ橋本駅に到着し、相模線に乗り換える。
なお、リニア中央新幹線が開業すると、ここ橋本駅が停車駅になるらしい。
まだ確定はしていないが、開業する頃どうなっているのか楽しみではある。

相模線からは着席できたが、所々で丘陵地帯を走る。
高低差があるようで、溝状に潜っている区間もあれば、逆に盛り土風に眼下に街並みを見渡せる区間もある。
サザンオールスターズゆかりの茅ヶ崎駅で東海道線に乗り換え、藤沢駅で下車する。
お目当ては江ノ電。
こちらも、電車でGO!旅情編をプレイして以来気になったための乗車である。

SUICAの残金で乗車可能なため、これまで使用してきたウィークエンドパスに代えて自動改札機を通過する。
行列の為一本見送り、次の便に乗り込む。
時計は16時を回っており、何とか席を確保して座るが、この後江ノ電の車内は大変な混雑になってくる。
さすがに江の島に鎌倉にと観光地が多く、次から次に停留所に着くたびに乗車する客で混んでくる。

江ノ島駅で混雑度はピークに到達し、おばちゃんにリュックキャリー越しに座席の私まで圧迫を受ける。
車内アナウンスによれば、鎌倉駅の大混雑により、ダイヤが遅れているとのこと。
はたまたどうなるのかと気をもみつつ、江ノ島駅から先の腰越駅までの道路との並走区間を背後の窓から眺める。
なかなか貴重である。

夕暮れの湘南海岸沿いに車は大渋滞で、江ノ電も混むのも分かるのだが、それにしても今まで乗った中で一番の混雑である。
電車はやがて鎌倉駅に入るが、驚いた。
乗車待ちの人の大行列を目の当たりにした為である。
私が見てきた中で例えると、広島は宮島行きフェリーを待つ人の行列に相当する規模であった。
電車3編成で何とかさばけるかどうかというもので、藤沢駅の比ではない。

下車する人の波もこれまたすごかったが、カエルの像を横目に改札を出直してJR側へ再びウィークエンドパスに持ち替えて入場、横須賀線に乗り換えて横浜駅へ。
前日の山寺駅のように、ここで日没を迎えたが、後は寝床のホテルへ向かうだけである。
湘南新宿ラインの電車であるため、横浜駅から先は新宿方面に向かうため、横浜駅で下車し、京浜東北線に乗り換える。
蒲田駅で下車するも、夕飯調達先と翌朝の朝食の調達をすべく、まずは松屋へ。
焼き牛めしを食すが、実においしかった。

続いてマクドナルド前を通ってファミマへ向かうが、マクドナルドの店頭ではグラコロの呼び子をしていて驚いた。
鹿児島ではそんな光景を見たことが無い。
23区のマックは特殊だと思いつつ、ファミマでパンと飲み物を選び終え、缶チューハイを品定めしていた時、それは起こった。
酒のショーケース内の商品が揺れているのである。
自分がドアを開閉しただけでこんなに揺れるものなのか? と疑問符が付きつつも、揺れはまだまだ続き、レジでお姉さんに地震が来てなかったか聞いてみた。
気付かなかったとのことで、実際どうだったのか後で確認しようとしていたところで、緊急情報提供担当の友人から電話が。
震度4の地震があったとの話で、やはり地震だったかという話で、一旦ホテルのチェックインの為電話を切り、入室後テレビを付けて地震情報を収集していたが、まだまだ東日本大震災の余波は収まっていないようである。

翌日は朝がツタンカーメン展、午後がウェブデザイン技能検定1級の受検、というわけで、早々と22時には就寝と相成った。
これでもって東北・関東周遊編は終了、翌日は東京都内巡りとなる。  


Posted by yochi at 23:00Comments(0)旅行記

2012年11月29日

古都を目指して~鉄道旅行2012・2日目(直江津~八王子)

【11月24日】
5時半過ぎに起床し、前日山形で土産を買った際におまけでもらった一口サイズのクランチチョコレートをパクリと食べ、これが朝食(仮)となった。
これで13時過ぎにゴーゴーカレーで昼食を採るまで持つのかと思いつつ、前日に引き続いて冷たい雨の降る中を6時15分過ぎにホテルを出立。
目の前の直江津駅から信越線の普通列車が待っていたので、乗り込もうとするが、ドアは開いていない。
ボタンもなく、よくよく見ると手で開けて乗るように書いてある。
手動で自動ドアを開けることはあまりなく、寒冷地を走る列車は面白いものだと感じつつ、誰もいない車両に入った。

直江津駅は、信越線と北陸線が交わる箇所にあり、交通の要所である。
歴史好きな身としては、春日山城跡に足を延ばしたかったが、今回は列車の便の関係でお預けである。
なお、来年2013年のGWツーリングでは、ここ上越市まで愛車YBR250で鹿児島から駆けてくる計画となっている。
また半年後の再訪を誓いつつ、6:26、直江津駅を自分以外乗客が誰も乗車していない列車で後にした。

直江津~越後湯沢間は、北越急行ほくほく線の列車も走行する区間であり、所有する列車運転シミュレーションゲーム【電車でGO!2】【電車でGO!プロフェッショナル】でも模擬運転体験ができる。
ゲームで興味を持ったため、わざわざ新幹線沿線から外れた直江津までやってきたのは、ほくほく線に乗ってみたかったからなのである。

ただ、乗車している列車は信越線の長岡行き普通列車であり、ほくほく線に向かうには2駅先の犀潟(さいがた)駅で乗り換える必要がある。
しかし、既にゲームでシミュレーションしていたために想定していたのが、乗車列車は1番ホーム、乗り換えるほくほく線列車は2番ホームに止まっている。
到着は6:35、ほくほく線の発車は6:38であり、乗り換え時間3分で跨線橋を駆け上がらねばならない。

朝一で大ハードだなと思いつつ、列車は犀潟駅に入線。
運よく跨線橋すぐ近くで済み、例によってドアを手動で開けて、駆け足で跨線橋を上がり、下りも滑らぬよう注意してほくほく線六日町行き普通列車に乗り込む。
終点なので、途中駅でドアが開かない2両目に座り、犀潟駅が一時的に3ホーム全て車両で埋まった瞬間を見て満悦した後、発車。

電車でGO!と雰囲気が同じであり、よく乗ったような気になりつつ雪国の家などを車窓から観察する。
屋根の上に棒のようなものが何本か平行に並べられており、雪おろしの際に人が乗っても滑り落ちないよう支えるために設けられているものなのだろう。
他にも、道路側の屋根は急で、庭側には緩やかになっており、近隣への配慮も見て取れる。
見知らぬ土地を旅するのもまた旅情をかきたてられるものである。

ほくほく線は、長大トンネルがいくつかあり、さらにその中に駅があるものもある。
美佐島駅もその一つで、YouTubeで見てみたが、160km/hで走行する「特急はくたか」が通過する際は、すさまじい風圧で風の音がすごかった。
普通列車なので、さほどの風圧はないが、いざ実際に現地へ行ってみると、ちゃんと乗客がいることに驚いた。
時間があればモグラ駅探検をするのも悪くないが、今回は見送りである。

六日町駅に到着し、上越線普通列車に乗り換え。
さすがにスキー場が沿線にある地域だけに寒さもひとしおで、遠くに見える越後山脈には雪も積もっていた。
雪国の冬も到来近しといった趣である。

越後湯沢駅で下車し、水上行きの普通列車に一旦乗るも、出発まで10分以上時間がある。
新幹線も止まる駅であるし、駅構内に売店があるに違いない、そう考えて改札口を出てすぐに売店を発見。
サンドイッチとおにぎり2つ、飲み物を買って電車に戻る。
なお、こちらの電車もドアは手動で開けないと乗れない。

一通り食べて落ち着いたところで8:13に越後湯沢駅を出発。
なお、通常は3両編成らしいが、この日は2両で運転しておりすみませんとの車掌アナウンス。
普通に座れているから問題なしといったところで、電車は高度を上げていく。
越後山脈の山並みをはっきり見え、線路わきに根雪、山並みにも数十m上空から上は雪が積もっており、さながら秋と冬の境界線上を電車が走っている感じである。
紅葉も美しいが、こういう景色もまた美しい。

やがて電車は川端康成の小説「雪国」にも登場する「長いトンネル」こと「清水トンネル」に差し掛かり、こうして新潟県ともお別れであり、関東平野に向けて電車は疾走する。
水上駅で九州では見慣れぬ107系電車に乗り込み、2009年の鉄道の旅でも立ち寄った高崎駅に向けてひた走る。
しかし、首都圏に近づくにつれ乗車人数も増えていき、沼田駅以降は完全に通勤列車状態になった。
景色が満足に見られない以上、旅情も何もあったものではない。

新前橋駅以降は両毛線電車乗車時にも乗っていた区間であり、駅名だけは覚えていた。
それにしても、1時間以上も座っているだけでお尻が痛くなるとは、2日目は疲労も溜まってくるものなのかもしれない。
高崎駅に到着後、八高線専用の3番ホームへ移動。
高麗川行きの普通列車に乗り込み、昼飯の目的地・八王子へ向けて進む。
関東平野に入ってからは天気も良く、背後から照りつける日差しが暑く感じられるほどであった。

途中駅でロングシートの向かい側に中国人系帰化人らしき3人組の親子が乗ってきたが、その中の女の子の話し方が芸能人のローラっぽくて、内心笑ってしまっていた。
旅先ではいろんなハプニングもあるものだ。

高麗川駅で20分近く川越線直通の普通電車到着を待つ。
空気は冷たいが、日差しがちょうどよい。
電車の中の暖房がバランスを悪くさせている気もするが、寒過ぎて風邪をひくのもよくない。
電車に乗り込み、八王子駅を目指す。

さすがに都市化していると思いきや、出発早々山の中へ。
関東平野の周縁部はまだまだ都会ではないものだと安堵しつつ、南へ下る。
途中拝島駅辺りの配線図を確認して、八王子駅に13:02に到着。
北口から歩いてすぐのゴーゴーカレーを目指すも、看板が目立っていない。
みんなの党の候補者が駅前で街頭演説をしている最中、友人に場所を調査してもらい、少し通り過ぎたことに気づく。
慌てて戻り、地下へ荷物を抱えたまま下りて食券を買ってウィンナーのエコノミーを食す。
鹿児島のと変わらない味がする。

この後近隣でちょっと買い物をした後再び大勢の人で混雑する八王子駅に戻り、横浜線普通列車に乗り込むのであった。  


Posted by yochi at 22:02Comments(0)旅行記

2012年11月28日

怒涛の東北周遊~鉄道旅行2012・1日目(山寺~直江津)

【11月23日】
紅葉を目にしつつ山形県は山寺駅で下車し、立石寺へ向かう。
その前に、駅のコインロッカーに上着やリュックキャリーを預け、折りたたみ傘をさしながら参道へ歩く。
それにしても、寒冷地の列車はドアが押しボタン式になっており、鹿児島では見慣れないもので最初は不慣れだったが、すっかり慣れてきた。
2009年の小海線でも押しボタン式だったことを思い出しながら、いよいよ参道に入る。

拝観料を支払い、1,000段以上の石段を上る。
これだけの階段を上るのは金刀比羅宮以来の事である。
まああの時は最も奥の方まで上がってしまい、1,400段以上上り、翌日以降数日間筋肉痛に見舞われたが、ジグソーパズルで見た美しい景色を目指してひたすら上り続ける。

江戸時代の俳人・松尾芭蕉が詠んだ名句の「閑けさや 岩にしみいる 蝉の声」をしたためた短冊が納められたというせみ塚付近も曇天の下抜け、仁王門にたどり着いたところで相当噴き出した汗をぬぐい、ひとまず上着2枚を脱いでクールダウンに入った。
事前に覚悟していたとはいえ、やはりきつい。
上野駅へ出発する前にホテルでNHKを見ていたのだが、熊本県美里町にある3,333段の「日本一の石段」の特集をしていた。
こんな時に限って暗示するような番組を見てしまったのは幸か不幸か奇遇なものである。

が、ここでギブアップすることはあり得ないので、クールダウン終了後再度上り始める。
途中犬の姿に癒されつつ、何とか目的地その一の奥の院にたどり着いた。
もう汗だくだが、気温も10℃を切っており、暑いのか寒いのか感覚もなく、かなり肩で息をしていた。
線香を買って焼香し、手向けた。

その後下り、五大堂で眼下の景色に目を凝らす。
上りきった者しか体験できない眺望が眼前に広がる。
まあ、天候が澄み渡る晴れ空であったらとてもよかったのだが、事前の天気予報は雨である。
曇天で済んだだけマシと思いつつ、比較的急な下りを慎重に下りて行った。

山門を一往復するのにかかった時間は驚きの50分。
まだまだ体力では負けないぞと思いつつ、出口で左に曲がれば駅に近いのに、睡眠不足と疲れからか誤って右に曲がってしまう。
山形方面に向かう電車が走り去るのを大回りして駅に戻る途中で目にするが、大量の汗をかいている以上駅で拭い去る時間も必要である。
コインロッカーで荷物を回収し、自販機でスポーツ飲料を買ってクールダウンのストレッチを誰もいない駅のホームでやっていたら、いつの間にか日没になっていた。
東日本の晩秋の日の入りは、早い。
計画通り山寺駅を16:40に出発する電車に乗り込み、立石寺を後にした。

山形駅に17時前に着き、軽く駅前に一旦出てまた駅舎に引き返すが、特に見どころがあるような場所は近くには無かった。
お土産を売っている店があったので、会社用に土産を二点購入。
ラ・フランスにさくらんぼが山形の特産であるが、今回は見送りであった。

部活帰りと思われる高校生が多数乗り込む中、奥羽線の普通電車で赤湯駅まで乗車。
当初計画では米沢駅まで行く予定だったが、駅弁を食べる時間が足りないことから、赤湯駅で山形屋の駅弁大会でも買ったことがある「牛肉どまんなか」を購入。
しっかり味付けされた牛肉とごはんの相性はバッチリで、おいしく頂戴した。
駅の売店の入口で対人センサーによる宣伝もされているほどで、販売に力を入れていることが分かる。

時間があれば赤湯温泉へ足を延ばすことも考えていたが、30分しかないのであきらめる。
「足湯」温泉が駅にあれば、観光客にも喜ばれるだろうと思いつつ、何年か前に社長公募で話題をさらった山形鉄道フラワー長井線に乗り込む。
米沢から発車する米坂線快速「べにばな」と連絡しており、その上こんなマニアックな三セク線に乗れる方が鉄道ファン的にはおいしいのである。

ここからは「天地人」シリーズに入り、上杉家の領地だった地域を巡ることになる。
まあ、夜なので、半ば移動目的となってしまうのだが。
今泉駅でフラワー長井線を下車し、1分後にやってきた米坂線快速「べにばな」に乗車する。
19:03発車で、終点の新潟駅には21:20に到着であり、2時間17分もディーゼルカーに乗車し続ける列車というのはなかなか多くは無い。

東北地方の鉄道地図帳を片手に、真っ暗な沿線を明るい日中にイメージさせてガタゴトと揺られていくが、これが終電なのであり、下車したらもう列車が無いというデンジャーな状態である。
まあ、2時間も乗車するので、よほど発狂していない限りそんなことはないのだが、3時間半睡眠の身ではやりかねそうでもあった。

羽越線に入り、新発田から白新線経由で新潟駅に定刻で到着。
新幹線ホームへ移動し、E4系2階建て新幹線のグリーン車へ。
普通の指定席でも良かったのだが、せっかくの機会だからと、グリーン車に乗ってみた。
まあ、席は広々として快適だったものの、暖房がべらぼうに暑い。

長岡まで何とか耐え抜き、ダッシュで在来線ホームへ移動する。
直江津まで1時間で連絡してくれる「らくらく信越」に乗車する場合、乗車整理券が必要なのである。
で、購入するには乗換口の精算所で買わないといけない。
発車まで時間は6分しかない。

何とか購入してまだ到着前のホームにたどり着き、5号車に乗り込む。
なお6号車は女性専用車なのだが、なぜか酔っ払っているじいさんが女性の後ろに並んでいたのが気になった。
定刻に発車し、余裕時間30分を確保した。
この後に終電の普通列車もいるのだが、到着が23:30過ぎで、前日の上野駅前のホテルに着いた時間と同一である。
寝不足な身としては、少しでも早く着いて、寝た方が良い。

九州では九州新幹線全線開業と同時に絶滅した国鉄特急型電車485系の座席に揺られていると、女性車掌に付き添われて先ほどのじいさんがうなだれた状態で斜め前の座席に座った。
乗り慣れてなかったのだろうと思いつつ、車内改札が始まったが、どうにも乗車整理券を持たずに乗る人が多いようで、小銭の音があちこちで聞こえてくる。
柏崎駅に入線の為減速を始めた時に車掌はじいさんのところで乗車整理券を売っていたが、アナウンスの為に私から後の改札をせずに車掌は去って行った。
・・・乗車整理券を入手しようと頑張った私は何だったのだろうか、と少しむなしいものがあった。

23時ちょうどに直江津駅に到着。
エスカレーターを下ると、冷たい雨が降っていた。
駅前のホテルにチェックインするが、ここで失念していたことが発覚した。
朝食付きのプランで予約していたのだが、JR東日本の9月29日のダイヤ改正で、上越線のダイヤが一部変更となり、乗る列車が1本前倒しになり、朝食時間にホテルにいないのである。
相談の結果、朝食なしプラン扱いとして頂き、差額が返金された。
ホテルハイマートさん、ありがとうございましたm__m

翌朝も早いため、0時前に就寝した。
翌日は越後山脈を越え、関東平野に戻る。  


Posted by yochi at 23:13Comments(0)旅行記

2012年11月27日

怒涛の東北周遊~鉄道旅行2012・1日目(石巻~仙台)

【11月23日】
東北新幹線古川駅を出てから、ずっとディーゼルカーに乗り続ける行程は、ディーゼルカー好きにはたまらないものであるが、しかし、向かう先は東日本大震災で起きた大津波で甚大な被害が出た石巻市。
途中交換駅の前谷地駅で気仙沼線の列車と行き違い、いよいよ現地が近いことを実感する。

そして、しばらくして石巻の街が視界に入った。
所々空き地になっている箇所もあるが、終点の石巻駅に降り立つ。
ミヤコーバスの渡波駅前行きが9:30に出るため、バス待ちの間駅前の写真を撮る。
にしても、晩秋の東北の朝は寒い。
ベンチで待っているとバスがやってきた。

バスに乗り込み、予め500円玉を両替して、車窓から石巻の街を眺める。
駅前付近では津波の痕跡は発見できなかったものの、路地を進んでいくと空き地もぽつぽつ出てくる。
旧北上川にかかる石巻大橋を越えるが、ダンプカーが結構頻繁に行き交っていた。
その先からは、建物に津波が押し寄せた痕跡が今も残されているものがあり、食い入るように見ていた。
映像で見るのではなく、間近に、現実のものとして理解するのにさほど時間はかからなかった。

交通は普通に行き交い、ガレキの山を目にしたのは仮置き場になっていた石巻女子商業高校の敷地にさしかかってからであったが、街並みは確実に復興へ向かっていた。
しかし、その痕跡はまだまだ消え去ったわけではない。
何よりも、震災前からこの地で生活を営んでいた人々には甚大な被害が出ているわけであり、その生業が正常に戻るまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
いろいろと思いをはせるに、胸が痛む。

水産業の町だけに、海から幸を得ていたものが、海によって街を、暮らしを、奪われる。
やり切れない思いが住民の方々にはあるはずだ。

幸町バス停で、最も印象に残る風景を目にした。
クリーニング屋のガラスが割れた状態のまま、建物が残っていた姿である。
いろいろと津波による被害を伝える写真や映像を見てきたが、それらに匹敵する強烈な印象を残した。

間もなくバスは終点の渡波駅前に到着。
350円の運賃を支払って下車し、交差点を横断して渡波駅へたどり着く。
現時点では石巻線はここまで運行されており、ここから先は地盤沈下の影響で現在復旧工事中である。

列車が来るまでの間、写真を撮るなどして時間を過ごし、列車到着後は乗り込み、石巻駅に戻った。
先週「石ノ森萬画館」が再オープンしたというニュースを見ていたため、市街地を歩いて向かう。
バス乗車時には気付かなかったが、津波が到達した高さを示す標識が駅前近くに立っていた。
自分の腰の上付近まで来ていたようで、これに巻き込まれたらひとたまりもない。

商店街もシャッターを下ろした店も多く、ブルーシートを敷いた店もあった。
橋を渡って目的地に到着するも、かなり人が入場していた。

石ノ森漫画と言えば「サイボーグ009」や、私のバイク好きにも貢献しているであろう「仮面ライダー」が代表的なものに挙げられる。
石ノ森作品の世界に身を引かれつつも、しかし震災時の様子を伝える新聞や写真を目にするに、現実に引き戻される。
館内のグッズショップ「墨汁一滴」で買ったものも、震災映像集DVDに写真集、それに仮面ライダーのクリアファイルである。
石ノ森作品も後世に残すべきものであるし、震災の被災状況についても後世に教訓を伝えていかねばならない。
だが、石ノ森萬画館の再開は間違いなく復興が進んでいる証である。
展示コーナーがまた来年模様替えが行われるとのことなので、次に訪れる際はバイクで来たいものである。


元来た道を引き返し、中央三丁目バス停で仙台市に向かう高速バスに乗り込む。
6時過ぎに上野駅を出発しているため、既に6時間飲まず食わずである。
しかし、そんなことなど構わず、バスから眺める被災地の景色に目を向け続けた。

仙台市内に入り、地下鉄工事が行われている様子を目にする。
肥大化する都市の一端を目にするに付け、既に震災も過去のものになりつつあるように錯覚させられたが、都市と地方とでは、復興や発展のスピードも違うものなのだろうか。
仙台と言えば、江戸年間を通じて伊達氏のおひざ元であるが、伊達政宗の銅像は青葉城こと仙台城跡に行かないと見られない。

というわけで、2009年の鉄道旅行では水戸黄門、武田信玄の銅像を写真に収めてきたのを、今回はあきらめなければなかったが、偉人の銅像のことよりも東北地方の情景を目に焼き付ける方が今回の目的でもある。
牛タン弁当を購入してようやく昼ごはんにあり付けるも、仙山線の車内で食べるのも何とも朝の新幹線で相席になった若い女性以下になった気がして急いでかき込んだものだが、紐を引っ張ると暖かくなるというのは面白い。
駅弁は鉄道旅行の醍醐味である。

列車は西へ向かい、面白山トンネルを抜けて山形県に入り、紅葉も見ごろである。
そして、山寺駅で下車して、2005年にジグソーパズルで組んだ立石寺を目指し、小雨の降る中を歩き始めるのであった。  


Posted by yochi at 22:37Comments(0)旅行記

2012年11月26日

怒涛の東北周遊~鉄道旅行2012・1日目(前半)

まだ盛暑まっただ中の7月下旬。
11月が3連休であることを踏まえ、東日本大震災の被災地の現状を現地で見てみたい。
その思いに駆られ、ウィークエンドパスが使える範囲で巡れる南東北と新潟の未踏の両地域を周遊することをテーマに行程を立案、航空券の先行予約が始まった7月31日を迎えた時には、ウェブデザイン技能検定1級受検も組み入れた3泊3日の行程が出来上がっていた。

そして4ヶ月程経過した11月22日、会社が終業したと同時にバイクでバス停へ移動し、空港バスで鹿児島空港へ移動。
黒豚わっぜぇか丼をおいしく頂戴している中、ガラスの向こうの本コーナーに前職で在籍していた小中学校の後輩らしき人の姿が。
真偽はさておき、出だしから妙なこともあるものだと思いつつ、定刻にソラシドエア(SNA)で鹿児島を後にする。
航空管制ゲームをやっている関係で今現在がどんな状況か思い浮かべつつ、予定より15分早く羽田入り。
しかし、SNAを含むANAの鹿児島便のスポットはかなり遠いところにあることが多い。
ただし、今回は通常の出張と異なり手荷物を預けているため、手荷物受取所に着いて間もなくターンテーブルが動き出し、荷物を回収するに至った。

モノレール浜松町経由で休前日の23時台の山手線は混雑が激しく、宿泊地の上野で降りると同時にどっと乗客が降りた。
東北縦貫線が必要な理由がよく理解できた。

既に23時半を過ぎていたため、えきねっとで予約していた指定席券&グリーン券の引き換えができず、ウィークエンドパスの購入をした後、地下鉄駅経由で地上に渡り、少し道に迷いかけながらもiPadで正しいルートを確認して、無事にホテルに着いた。
なお、立地優先でホテルを予約していたため、隣室の騒音の影響を受け、就寝は1時半という有様であった。


翌朝。
指定席券&グリーン券引き換えが最優先であるため5時に起床。
2002年盆の青春18きっぷによる2泊3日鉄道旅行では、鹿児島から宮崎へ深夜バイクで移動し、4時間半就寝だったことはあったが、その記録を更新してしまった。

まあ、先月から列車に乗り遅れる夢を2度見ていたこともあり、台無しにするわけにはいかないという気持ちだけでうまく立ち回れた。
無事上野駅で券の購入を終え、5時47分に入場。
新幹線ホームへ入るのは初めてで、長いエスカレーターを下りきり、この日は臨時列車で1本先発であのE5系&E3系の併結運転が行われる、というわけで、その模様をビデオカメラで収録。


その後入線したE2系やまびこ51号に乗り込むと、隣席が若い女性で寝不足由来のローテンションも回復。
ただ、その後駅弁を食べ始め、「若い女性がこんな早朝6時過ぎから駅弁食うのか?」と思いつつも車窓を眺めていた。

鉄道博物館がある大宮までは新幹線に乗ったことはあるが、ここから先は初めてである。
小山駅から北は未踏であり、景色に目を凝らす。
東北の墓地には特徴があり、黒御影石が主流である。
西日本の墓地は凝灰岩由来の灰色が多いが、東北では黒い墓石が目立つ。
地質が異なるからなのかは分からないが、関東ローム層のような赤さを含むようでは墓石には向かず、黒御影石になるのも納得できる。

震災の影響を感じることなく福島県を抜け、宮城県は古川駅で下車。
新幹線が走り去る景色をビデオカメラに収めた後、陸羽東線に乗り換え小牛田駅へ向かう列車に乗ろうとすると、駅員が誤誘導。
発車間近にして反対方向の列車に乗ってしまうところであったが、事なきを得て間もなく出発。
5分乗り換えで悠長に動画撮影するのは危ないと思いつつ、小牛田駅で石巻線普通列車に乗り換え。
いよいよ、被災地へ足を踏み入れる時が近づいていた。  


Posted by yochi at 22:17Comments(0)旅行記

2012年11月26日

ウェブデザイン技能検定1級・学科試験合格確実!

東北・関東周遊鉄道旅行の締めくくりがウェブデザイン技能検定1級の学科試験受検だったのですが、乗ったこともない半蔵門線に乗って半蔵門駅最寄りの東証マザーズ上場の某IT系企業の試験会場へ赴きました。

半蔵門駅そばに前から気になっていた「東京チカラめし」があったので、そこでねぎ塩牛丼にカキフライのセットを頼んで美味しく頂戴してからの移動でしたが、待合室っぽいロビーで最後の確認を終え、13時からの試験に臨みます。

ところが、過去3年の内容と出題傾向が変わり、javascriptの問題が大幅に増加し、逆に例年3問程度出題されていたActionScript3.0の問題は壊滅。
マニアックな問題も登場し、過去受けた試験の中でも難易度が相当高い分類に入っています。

そんな状況で、冒頭1問目でいきなりガツンと一発食らったのが2級対策でも登場するユーザビリティー構成定義の一つに関する問題。
2択とはいえ、間違えれば後の4択に差し障りが出るため、今までに無く慎重に2択問題に取り組む私。
クイズゲーム「ウルトラクイズ」の予選以来の緊張感がそこにありました。
10回近くプレイして、全て敗退という、実に縁起の悪い展開。

2択は過去最高の50問中15問を占めましたが、自信の無い「?」マークを付けた箇所は5問あり、さらに確実にこれが正解という箇所は5問のみ。
正直言って、開幕早々「不合格」の文字が脳裏をよぎった展開は、これが初めてのことです。

とりあえず、基本情報技術者を取っているのですから、あきらめずに考えに考えて、正午過ぎに公開された2択の解答結果は13点獲得。
正直言って驚いています。
「?」マークで間違えた箇所は1つも無く、無印ながら自信の無い5問から2問間違えただけで済んだのですから。
1級では50問中35問以上の正解で合格となりますので、残る4択の35問のうち22問(63%)以上の正解で合格ということになります。

そのようなことは試験翌日の今日でないと分からないわけで、そんなことなどつゆにも思わずに4択を解くのですが、選択肢が増えた分、引っ掛け項目も増えています。
そして、Javascript対策が不十分だった分、不利に働きます。
さらに、マニアックな問題も中盤登場し、かなり苦しむことになります。
とは言え、基本情報技術者でも重複する部分(問10,21,30)については解答の結果間違いは21だけだったため、他2問を落としていたら、結果は大きく違っていたことでしょう。

終盤のHTML&CSS、SQLは比較的楽に解答でき、もう一度2択の見直しを行なってからマークを終え、開始40分で退出しました。

4択の方の解答結果は、12問間違いで23点獲得し、計36点と、合格ラインを上回りました。
ただ、2択でマーク空白を作っていたら不合格になっているかもしれませんので、実際に合格かどうかは来月の発表を待つことになります。

一応合格確実であることを念頭に置いて、年明けの2月に行われる実技試験受検に向けて、ペーパー実技の自信が無いため、こちらの準備に取り掛かろうと思います。  


Posted by yochi at 13:44Comments(0)資格試験受験記

2012年11月25日

何とか帰還

今日の東京からの最終便が25分も遅れてしまい、その遅れがそのまま帰宅時間の遅れにも直結してましたが、何とか今回の3泊3日の行程を無事終了しました。

行きたかったところは概ね行けましたが、心残りはメルマガでも取り上げたことのある石巻市立大川小学校へ手向けに行けなかったことです。
なるだけ当初計画よりは現地滞在時間を最大限確保できるようにしたつもりですが、それでもどうしても公共交通機関の状況や現地の事情などで回れなくなる個所が出ることは、時間が有限である限り、やむを得ません。

先週再オープンしたばかりの石ノ森萬画館へ足を運び、そこのショップで石巻地区の震災の記録DVDと写真集を購入し、売り上げの一部が寄付金に回るということで、本当に情けない限りですが、私なりに今回出来たことを手身近にご報告する次第です。

現地の様子をソニータイマーが発動中のビデオカメラで概ね撮れてますが、やはり、現地は生で見ると想像を超えた現実が1年半を超えた今も横たわっていました。
それでも、復興への歩みも着実に進んでいることも肌で実感しています。
近日詳報をお伝えしますが、被災地の皆様、どうか生活再建に向けての障害があるならば意見発信をお待ちしております。
遠い地に住む者ですが、力になれることは微力ながらお手伝いします。  

Posted by yochi at 23:53Comments(0)旅行記

2012年11月22日

いよいよ人生初の東北地方(みちのく)に向けて出発

去年3月11日に発生した東日本大震災は、会社にいた時に気分転換で見ていたYahoo!ニュースでM8.6の地震として見て、映像はなくとも甚大な被害を与えていることは必定と、その後仕事にもならなかった記憶があります。

いかんせん九州在住で、ようやく今年陸路で愛知・岐阜県まで行けるようになったばかりで、東北は行ったこともない土地ながら、少しの義援金でも役立ったであろうか、また、あと数年ながら社会科教員免許保持者として現地を間近に見てみたい、そんな思いもあり、現職で得られた今度の3連休を活用して、今夜東北地方に向けて出発します。

いまだ時折余震が襲っている地域へ向かうため、少々ビクビクしているところもありますが、桜島のドカ灰はドカンは一瞬、被害は当分というのを考えれば、「命さえあればどうとでもなる」精神で向かおうと思います。

なお、無事帰ってこれれば、来週この模様についてお伝えする予定です。
終電・最終便も絡んでいる今回の行程、電車が止まらないことだけがミッションコンプリートの前提条件です。  

Posted by yochi at 14:50Comments(0)旅行記

2012年11月19日

基本情報技術者試験合格!!

過去記事(http://wsk.chesuto.jp/e894672.html)でも書いてますが、基本情報技術者試験の合格発表が今日正午あり、確認の結果合格でした。


上図は成績照会の内容ですが、過去記事に載せている自己採点結果と2点程度しか誤差がなく、我ながらよくやったと思います。
これで、今週末のウェブデザイン技能検定1級の学科試験に向けて余勢をかっていざ出陣というわけで、残された1週間の間でよく間違いやすく、マニアックなところをしっかり抑えて、本番に臨みたいと思います。

しかし、民主・国民新党の連立政権は今回の衆院解散によって一旦終了であり、合格証書に署名されている経済産業大臣名は枝野幸男氏であるものの、次の試験で誰が来るかは不明です。
ましてや、ウェブデザイン技能検定1級の合格証書は来年4月頃厚生労働大臣を務める者の署名になります。
今度の選挙結果如何でこれが変わるわけですから、どの党派の人が主管大臣になるのか、はたまた森本防衛相のように民間人から登用された大臣になるのか、まだまだ現時点では予想困難です。

この状況を逆手に取って、いっそ「次期内閣予想宝くじ」でも選挙前に作って、一獲千金のチャンスに出来れば面白いのではないかと一人考えるのでありました。  


Posted by yochi at 13:10Comments(0)資格試験受験記

2012年11月14日

過去の私を超えてゆく~塾屋に戻りたいな(笑)

塾向けシステム構築の方は、個別塾の時間割もひとまず終わり、連携機能対応が必要な塾生データ部分の改修作業に移りました。
ここを片付けないと、まだまだ調整が必要な箇所の作業ができず、作業当初の構築完了箇所ながら、システムのさらなる発展のため、手を付け始めたところです。

通塾日を指定する箇所があるのですが、ここを通う時間割を指定する方法に変更となったため、構築した時間割から呼び出して設定する仕組みとなっています。
毎度恒例、画像なしで申し訳ないのですが、曜日ごとに時間割を指定して、コマを埋めていくことで簡単に時間割が作れてしまうなど、過去の私にとってはとても出来なかったことです。

まあ、去年の今頃も、転職して入社早々に案件に取り組み始めていたところでしたが、当初想定していた3年後ではなく、まさか1年後にシステムをあらかた作り上げていたとは、想像していませんでした。
飛躍のきっかけは、2010年にこれまでの蓄えの一部を自己投資に回そうと危険物取扱者乙種第四類やウェブデザイン技能検定2級を受けるところから始まり、それと並行して自社の最初の面接を受け、様々な情報やサジェスチョンを入手する機会を得、そうしたことがプラスの循環に発展していきました。

理解あるクライアントのご紹介で、船井幸雄氏を始めとした立派な方々の考え方などを吸収しようと、経済人などの本も買い、こうしたことが自己改革につながっていったと考えます。
無論、現在の飛躍を成り立たせているものは、前職比で年間休日が20日程度増え、案件がない時はこうした開発に取り組める自社のおかげであります。


塾に喜んで使ってもらえるものを作ろうとやってますと、自分の塾が欲しくなって来ました。
まあ、既にそのことは封印し、塾におけるWeb活用の共通基盤を提供することを第一義に置き、日本の教育を影から支える存在でありたい、そう考えてパソコンに向かっています。
過去最高規模のプロジェクト(数百万円単位)も近日稼働の見通しですし、あと数日システム改修に励んでみます。  

Posted by yochi at 18:54Comments(0)Web制作・SEO関係