QRコード
QRCODE
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 0人
プロフィール
yochi
yochi
↑2001年10月・鹿屋市の寿北小学校での教育実習風景より

教員免許を小中高取ったはよかったものの、平成の間は教採一次試験が一度も合格できず・・・。
そんな管理人は、パワハラがはびこる三流○○ック企業で5年半に渡り数々の辛酸をなめた後、招聘された印刷会社のWEB部門で2013年3月に1級ウェブデザイン技能士を取るなど2年間在籍して成長を遂げた後、結構有名な会社に課長職も含め9年弱勤務。
が、定期昇給が無く、頑張り甲斐が無くなったので、元部下の話から教採を15年ぶりに受け始め、令和になって毎年二次試験まで進出できるように。教員免許の追加取得に向けて通信制大学で学び、免許の取得の条件が「人物に関する証明書」の取得で、二次試験落ちから考えられる実地経験の必要性から18年ぶりに臨採教員に復帰。
そして令和6年度から正規教員として勤務開始。
国の宝の子どもたちの育成のため、これまでの経験を活かして頑張ります。
~~所有国家資格~~
【1級ウェブデザイン技能士】
【基本情報技術者】
【2級ファイナンシャル・プランニング技能士(個人資産)】
【乙種危険物取扱者(第4類)】
メルマガ購読・解除
 

スポンサーサイト

上記の広告は90日以上記事の更新がないブログに表示されます。新しい記事を書くことで、こちらの広告が消せます。

  

Posted by チェスト at

2019年10月27日

増毛に行けぬが、ウィッグは買う…第四回北海道旅行3日目(9/30)

年末の予定に今週末の予定と、いろいろと日々考えながら歩を進めているところですが、今夏に考えていたウィッグの購入を、ついに今日先ほど通販で完了させました。
夏場は暑いので、買うなら涼しくなってからと思い、その後も旅行の費用の支出や年末の旅館の人数分の立て替え払いなど、やり繰りもあって決めかねていたところですが、やっと購入できました。

お値段は1万円もしないものですが、まずはお試しにて、しっくりくるかどうかイメージの確認です。
アー○ネイ○ャーとかア○ラ○スとか、そういうお高いところは避けて、ファッション感覚での購入です。
なので、会社に着けていくことははなはだ考えていません。

というわけで、2日目は札幌で泊まって迎えた3日目です。


起床は朝5時過ぎ。
前日に引き続き、朝風呂を堪能して、前日夜に購入しておいたパンを食べ、ホテルを6時過ぎに出立。
消費増税前最後の1日ということも少々考えるも、お土産で駆け込み購入する必要もなく、慣れた感じで札幌駅構内をホームに向かいます。
旭川行きの特急ライラック1号に乗り込み、月曜朝に旭川へ最速で行ける始発列車ということもあり、多くのスーツ姿の人たちで指定席は半分程度埋まっていました。

ま、この日の目的地である留萌へ効率よく行けるのがこの特急ライラック1号を利用する場合となっており、始発列車の旭川行き普通列車になると、深川駅を8時4分に出発する列車に間に合いません。
というわけで、何度か乗車している区間になるため、45%割引運賃となるえきねっとのトクだ値を利用しています。
なお、なぜ途中の深川で下車するのに、旭川までの企画きっぷを購入しているのかというと、万一トラブルで留萌に行けなくなった場合の保険、というところで、深川までの特急券を買うよりも安いので、こういう利用方法となっています。
無論、深川で下車すると前途無効になりますので、ちゃんと別に深川から留萌まで、及び留萌から旭川までの切符と深川から旭川までの自由席特急券を購入しています。

この日は石狩川沿いに川霧が所々発生しており、天気はいいのですが太陽の光が届かず曇りのような状態で景色も楽しめない状況でした。
それでも、川から離れたところでは広大な平野を眺めることができました。
前回の札沼線乗車で利用した川霧に覆われた滝川駅を過ぎ、来年春で新十津川駅に来る列車も見納めになると思うと少々感傷的になりましたが、この日向かう留萌の途中にある石狩沼田駅は、まさにかつての札沼線の終着駅でした。
札沼線の廃線区間の一部を見に行くことも今回の目的であったため、気を取り直して深川駅で下車します。
特急が止まる駅のうち、岩見沢駅と滝川駅は乗降したことがありますが、深川駅は初めてです。

一旦お手洗い休憩のため改札口で切符を通すと、なぜか回収されずに手元に残りました。
特急には乗れなくなったものの、旭川までの普通列車に乗車は可能なようです。
ま、既に切符を買ってますので記念に残すものとして、改めて留萌行きの切符を通してホーム内に入ります。
かつては深名線がここから名寄に通っていたようですが、1995年9月に廃線となっています。
その発着の名残であろう6番ホームに留萌行きの列車が止まっていましたので乗車します。
こちらも根室本線と同じくキハ54形でした。

1両編成なので、ロングシートの進行方向右側のすぐ後ろの場所を確保し、出発した際の乗客は7人でした。
平日朝とは言え、留萌本線そのものの存続が危うい感じがします。
増毛までの廃線だけでは済まないのではないかと、石勝線夕張支線に乗った感覚から思えてきます。

留萌本線については、「新・みんなの鉄道」のDVDで既に予習済なので、実際の景色を眺めつつ、省略された区間を目に焼き付けていきますが、本線を名乗る路線の中で最短路線でありながら、なかなか風光明媚な感じです。
石狩沼田駅でお客さんが一気に4人下車し、留萌まで行く人は数人になってしまいました。
深川から石狩沼田まではそれなりに乗客はいるものの、その先はどの駅も乗降者はいませんでした。
ただ、廃線を危惧する人なのか、峠下駅でタブレットを片手に撮影している男性がいました。

その峠下駅は留萌本線で唯一行き違いができる、指宿枕崎線の指宿以西区間における西頴娃駅みたいな存在であり、留萌から来た列車と行き違いとなりました。
特に川霧に影響を受けることもなく、並行する高速道路の整備が進めば高速バスに移行して廃線になるのではと思いつつ、留萌駅には定刻に到着します。
ここから先は、増毛まで2016年12月まで鉄路が伸びていましたが、今は廃線となっており、バスで行くしかなくなっています。
今回の旅程では旭川空港に昼過ぎにいなくてはならず、時間がないので留萌までとなりました。
まあ、増毛に行っても頭髪が増毛になるわけでもないので、まともに行くのはバイクやレンタカーを使う機会がある時にとっておくことにして、増毛の品を買おうと、留萌のお土産店であるお勝手屋萌まで閑散とした駅前をキャリーバッグを引いて歩いていきます。

3分少々で到着し、ちょうど開店時間を過ぎたところなので、名物のにしんにちなんだ商品やラーメン、風景のポストカードを購入します。
吉野家でいつも使っているOrigami Payが使えたので、その点は来てよかったと思いました。
なお、レジのお姉さんに頭髪のことを触れるもスルーされたのはここだけの話です。

来た道を引き返し、深川行の列車に乗り込みます。
帰りなので普通に進行方向を向く方に乗り、乗客は7名程度。
廃線危機になる前に多くの人に利用してもらわないと本当にそうなると思いつつ、先ほど峠下駅で撮影していた男性は恵比島駅の先の踏切にいました。
撮ってばかりいないで乗れよと乗客の私は思いつつ、深川駅の4番ホームに到着。
この後やってくる特急カムイ9号に乗車して、旭川には11時前に到着。
朝のラッシュ後の特急自由席は空いており、乗った車両の乗客は2名くらいしかいませんでした。

ここでお手洗い休憩の後、空港バス乗り場に向かうと20人近い列ができていました。
キャリーバッグをバスに積み込み、これは相席か補助席かと思いつつ、何とかギリギリで窓側席を確保。
隣に若い女性が座ったので、少々ドキドキしつつ、旭川の街を南東に進みます。
郊外に出ると、高校生(旭川工業高校)がマラソン大会をやっているようで、走っている生徒や歩いてしゃべっている生徒、わき腹を押さえて苦しそうな生徒など、いろんな表情に出会えました。

やがてバスは旭川空港に到着し、AirDoとソラシドエアの航空券をまとめてもらう対応をANAのカウンターにお願いし、続いて荷物を預けに行くも、こちらには長い行列が。
空港の規模としては奄美空港と遜色なく、しかし混雑はすごいというところで、20分近く待ってやっと荷物を預けたところで、エスカレーターを上がって3Fにある麺類のお店で昼食を摂ります。
エプロンと滑走路が目の前に見えており、天気も良いのでなかなかの眺望です。
天ざるを頂き、蕎麦湯も出ておいしくいただきました。

お昼を終えた後、保安検査場に向かいますが、こちらは10分待ち。
もはや行列だらけのテーマパークかと思ったりするところですが、旭山動物園には次回行ってみたいところです。

奄美空港と同スペックのため、かろうじて確保できたいすに腰掛けて出発まで待ち、自分がGroup1であることを知って、優先搭乗案内開始の段階で搭乗口前に陣取ります。
自分の番になったら早速搭乗口を抜けて飛行機に乗り込みますが、ボーイング767はなかなか大きいです。
最後部の座席を確保しており、そこから眺める景色はこれまた新鮮でした。
富良野の上空を抜け、日高地方を眺めていたら太平洋に抜けました。
そこからは基本的に昼寝でしたが、羽田空港には15時過ぎに無事到着。
滑走路34Rからの着陸で、これは鹿児島に行くのは滑走路05になると思いつつ、いつものように乗り継ぎ用連絡通路を通って鹿児島行の搭乗口近くの席でのんびりと搭乗の時を待ちます。

出発は18時過ぎですから、2時間半も時間をつぶさないといけません。
途中、お手洗いに行くも、手荷物を個室に置きっぱなしにしてしまい、席に戻ってあわてて気づいて戻ってみたら、ちょうど次に個室を使った人が荷物を持って現れ、感謝を伝えて無事回収できました。

そうこうしているうちに戻りの飛行機に搭乗、鹿児島空港には滑走路34からの着陸となり、荷物の回収にこれまたてこずるも、駐車場から車を出して、すき家に寄って増税前最後の晩餐となりました。
次回の北海道旅行は再来年を予定していますが、網走・知床エリアか、函館エリアか、旭川・富良野エリアか、いずれかになるでしょう。
食べ物がおいしいのでついつい目的地にしてしまいますが、今回の旅費は15万円でしたので、次回は少々抑えないといけないですね。
(完)  
タグ :北海道


Posted by yochi at 23:40Comments(0)旅行記

2019年10月14日

朝ドラを観てないのに十勝横断…第四回北海道旅行2日目(9/29)

このところツイてないことが多く、それを挽回しようと積極的に動くも空回り気味で、すっかり私生活では意気消沈しかかっている今日この頃です。
ま、ドン底にまで行くとこいっても、それ以上はないと開き直って、時機を見計らい行動再開しようと思うところですが、年内は飛行機には乗りません。
それだけは決定事項です。

というわけで、1日目は根室で泊まって迎えた2日目です。


起床は朝6時過ぎ。
前日が疲労で21時過ぎ就寝だったこともあり、起きて向かうは浴室。
ツインの部屋にしており、バストイレ別の部屋になっていて、すっかり身ぎれいにした後は身支度を整えて朝食を摂りにレストランへ。
バイキング形式のため、十分満足しつつ部屋で時間を潰してから8時に出立。
根室駅前のバスターミナルへ向かい、券売機で今日の目的地・納沙布岬への往復乗車券を購入。
定刻5分前にバスが来たので乗車するが、コインロッカーに荷物を預ける時間はなく、荷物と一緒に移動します。

根室市街地を東に進み、郊外を走ること約50分。
納沙布岬に到着。
とりあえずは高いところから北方領土を眺めてみようとオーロラタワーに向かいます。
あいにく、この日は薄曇りでその上南方からの温暖気流の影響で霧も出ていてはっきり見えないものの、歯舞群島の島を目視することはできました。

四島のかけ橋、本土最東端の碑、納沙布岬灯台、根室市北方領土資料館を見て回り、バスに乗って根室駅前に戻ります。
北方領土については、スターリン率いるソ連と日ソ中立条約を結んだ時点で終戦時のどさくさに紛れて取り返すのが困難になったと言え、簡単に銃口を突き付ける戦前のやり方の代償と言えるでしょう。
今の日本にできるのは当事国以外から支持を集めてロシアに返還が得策として行動させることくらいです。

さて、名物の花咲ガニは駅前で買うと良いと聞いており、カニの庄屋さんへ。
自宅用が1杯2,000円、贈答用が1杯3,000円で売られており、冷蔵で生きたまま届けるとのことで、自宅届けを断念しつつも、小さいカニを1杯1,500円で食べられるとのことで、友人と折半してありつくことに。
しかし、釧路行き快速はなさきの出発まで時間は10分少々。
ご主人に食べ方のレクチャーを受けつつ、猛ダッシュで頂き、なかなかのお味。
両手が少々カニ臭いのはご愛敬、勘定を急いで駅に戻ると残り2分。
1両編成の列車は8割方座席は埋まっていたものの何とか座れ、根室を後にしました。

9月上旬に唐船峡のそうめん流しに行った後、頴娃大川駅から枕崎駅までたまたま列車に乗ることができたため、同じ末端の廃線可能性がある路線の乗り比べができたのですが、指宿枕崎線の保線状況は良くないものの、根室本線は万全でした。
赤字で苦境のJR北海道は安全にはしっかり目配せできているようです。
速度も80km/hは出せているようでした。

途中、ルパン三世の作者であるモンキー・パンチ氏の出身地・浜中町の中心駅の浜中駅でルパン三世のパネルとご対面。
その先の厚岸駅でルパン列車と行き違いと、すっかりルパン三昧になりました。
景色を眺めて2時間少々の乗車で釧路駅に着いたのが13時18分過ぎ。
キハ54形には宇都宮市の富士重工製と出ていました。
友人に、俺らが乗ってきた東北本線を運ばれて北海道で活躍してる車両なんだぞと話すと感慨深げでした。

ヤフコメで見ず知らずの人に教えてもらったおにぎり屋でおにぎり2つとコロッケを買い、隣のセブンイレブンで飲み物を調達してから、友人を釧路駅前のバス停へ誘導します。
事前にストリートビューで確認していたものの、トイレに行き忘れていたのでバス停の手前で宇都宮に釧路空港から帰る友人と別れ、トイレを無事に済ませて再び釧路駅から特急スーパーおおぞら8号に乗り込みます。
陣取るのはグリーン車。
2017年4月の稚内からの帰り以来のグリーン車乗車です。
JR北海道に少しでも多く支援したいということもあり、お先にトクだ値で指定席ということもせず、切符は根室から札幌市内、特急券はグリーン乗車券と別々に調達しています。

キハ261系ではグリーン車にコンセントが付いているものの、スーパーおおぞら(キハ283系)には無いので、車窓をビデオカメラで収めることはできなかったものの、釧路から西へ向かいます。
ひたすら普通列車だったので、やっぱり特急列車は快適だなとおにぎりやコロッケを食べつつ、景色を眺めます。
しかし、食べた後は眠くなるもので、少々ウトウトして、20分少々してからは眠気もなくなり、浦幌駅辺りからはまたしっかりと時折水分補給しつつ、車窓を眺めます。

豊頃駅で下りのスーパーおおぞらと行き違いし、池田駅でふるさと銀河線の廃線跡を目で辿り、十勝平野の中心駅・帯広駅に到着します。
ここでどっと乗客が増えて、グリーン車も半分埋まりました。
前席の客はリクライニングが足りないのか、やたら後ろに圧をかける人でしたが、私は普通列車に乗りまくっていたこともあり、リクライニングを使わずに乗車できていました。

2016年の台風10号の豪雨災害によって寸断された鉄路が復旧していることは、往時の報道で知っており、2015年の第1回北海道旅行で訪れた新得がその後どうなっていたのか、気がかりでした。
駅の様子は昔と変わっておらず安堵しておりましたが、ここでも乗客が大勢乗り込んできて、グリーン車はほぼ満席になりました。
後で札幌のホテルのテレビで知ったのですが、この日は新得で新そば祭りがあったらしく、その帰りのお客さんが多かったようです。
前回そばが新得駅構内のおそばだったので、余裕があれば新そばを頂きたかったところですが、なかなかご縁が無いようです。

流されて複線の橋脚だったのが単線に代わった橋脚を渡って、ここからは第1回北海道旅行と同じです。
違うのは、往時はスーパーとかちの自由席で、今回はスーパーおおぞらのグリーン席というところです。
往時と同じ路線を走り、かつて新得へ向かう際に乗車した最長距離普通列車が走行していた上落合信号場から富良野方面が廃線にならないことを願いつつ、新夕張駅に向かいます。

こちらも、駅は2015年とさほど変わらないものの、今年春の石勝線夕張支線廃線により、夕張方面への列車は無くなりました。
普通列車だけで新夕張駅に行くには2本しか列車はいません。
「昔は良かった」と思いたくはないのですが、ついつい感傷的になってしまいました。

南千歳駅の手前で、石勝線列車恒例の信号停車で3分遅延し、そのまま札幌駅も4分遅延で到着。
なお、この日はクリスタルエクスプレスのラストランということもあり、カメラ片手にスーパーおおぞらを撮影する鉄道ファンも何人かいました。
1時間弱待てば遭遇できたわけですが、根室から札幌まで鉄道で移動してきた身には、もうジンギスカン食べたら寝ることしか考えていませんでした。

翌朝の札幌駅に着かないといけない時間が6時半だったため、地下鉄の運行時間を考慮して、昨年と同じ駅からほど近いホテルに宿泊します。
荷物を置いて、昨年お世話になった松尾ジンギスカンの札幌駅前店へ。
2,989円の飲み物付き4つの部位のお肉セットがお得ということで、去年食べた身にはそのことが良く分かっているのでそれを注文し、満喫します。
今回は20分少々で店を後にしましたが、一人で食べると結構てんやわんやします。

ホテルへの帰り道で翌朝の食料と飲料を購入して、時効警察が復活するということでその特番を見ての就寝でした。
北海道なんだからどうでしょうが見たいという気もしますが、第一日曜日なので不可能ですし、レギュラー放送もやってませんでした。
翌週に水曜どうでしょう祭がある旨、熱烈なファンである伊佐市の友人から聞いてましたが、ちょっとタイミングが合わなかったようです。
(2日目終わり)  
タグ :北海道


Posted by yochi at 22:55Comments(0)旅行記

2019年10月06日

飛んで飛んで、根室で眠ろう…第四回北海道旅行初日(9/27-28)

消費税も10%に上がり、桜島フェリーに垂水フェリーもそれぞれ値上げしており、普段口にする食料品は税率据え置きとは言え、いきなりステーキに行ったら10%を目の当たりにして外食業界は影響を受けそうだと思うこの10月。
そうなる前に尿路結石で得た保険金を増税前のうちに北海道旅行の前倒しに充て、4度目の旅となりました。
第一回が2015年9月でしたから、早いものです。

というわけで、今回の旅の行程ですが、金曜日のうちに鹿児島を出立、羽田空港から宇都宮まで移動して友人宅で一泊。
翌日東北本線をひたすら乗りまくり、仙台空港から新千歳まで飛び、さらに中標津空港まで飛んで最後空港バスで根室で一泊。
北海道滞在2日目は最東端の納沙布岬に行き、釧路で友人と別れて札幌で一泊。
最終日は留萌に行って、旭川空港から羽田空港経由で帰宅というものでした。
昨年は飛行機が欠航してドえらい目に遭いましたが、今回は数分の遅延はあったものの、交通トラブルに見舞われずに済み、安堵しています。


それでは、鹿児島出立から根室で寝るまでについて記します。

仕事を定時に終えて帰宅し、着替えて荷造り済の荷物を持って市街地を移動するも、予想外に渋滞しており、脱出に10分手間取る展開でした。
空港には20時前に着き、荷物を預けるのは早かったものの、保安検査場が通過に10分程度かかる予想外の展開に。
まあ何とか搭乗口が近かった上、すぐに搭乗案内が始まっており、スムーズに搭乗して定時出発。
ちなみに、この日の日中は飛行機がそこそこディレイしていたので、会社のパソコンを見ながら搭乗便が定刻なのかどうかやきもきしていたものの、何とかなりました。

宇都宮着が深夜1時過ぎなので、飛行機の中で寝て過ごしますが、隣の席のカップルの彼氏の口臭がすさまじく、時折苦悶の状況でした。
彼女さんよ、注意してやってくれと半ばあきらめつつ、羽田空港に22時過ぎに到着。
荷物の受け取りが遅い方になり、36分に手荷物受取場を後にして空港バス乗り場で乗車券を購入します。
実は、ここまでは2014年の東北周遊鉄道旅行と全く同じ展開ですが、違うのが東北周遊鉄道旅行では鹿児島空港を飛び立った時間が21時半だったため、空港バスは出てしまっており、乗り継ぎで春日部まで行くので精一杯でした。
今回は、急行列車ができているため、終電で行ける範囲が南栗橋まで拡大出来ていたものの、空港バスに乗れたため事なきを得ています。

というわけで、初めての羽田空港からの空港バスに乗り込み、宇都宮に向かいます。
ちなみに、TransportFeverのマップ制作でちょうど首都圏の河川加工作業をやっていたため、まさか荒川に沿って行くとは知らずに乗ってましたが、早くマップ制作を片付けたいところです。

冷房が効きすぎて寒い中、半分寝つつ宇都宮駅西口に定刻の1:05に到着。
愛知県から移った友人に連絡を取り、お約束の空キックをかましつつ、途中コンビニで朝食と飲料を買って就寝は2時前。
これも飛行機とバスで仮眠を取っていたから可能であり、これが満員電車であれば仮眠時間は削られていたことでしょう。
直行できるバスや交通機関は大変便利です。

翌日は6時前に起床。
身支度を整え、パンを食べて友人宅を6:40に出発。
歩いて最寄り駅まで移動します。
駅の指定席券売機に老夫婦が張り付いていたので、1分少々待って事前にえきねっとで予約しておいた切符を8件分出力します。
1回で5件分までのため、2回操作して無事に終了です。

東北本線下り列車に乗り込むも、着席できず、いきなり立席になりましたが、名鉄の時もこんなものでしたので、しばらく進むと矢板駅で座ることができました。
時刻表を眺めると、那須塩原駅を出る東北新幹線やまびこ号に乗り換えると、仙台駅に9時過ぎに着くらしかったのですが、今回は旅程通りにひたすら普通列車を乗り換えていきます。

黒磯駅で常磐線で乗車した交直流電車に乗り換えて新白河駅まで、ここでは立席になったものの次の白河駅で大半が下車して再び座れましたが、駅前の小峰城下ではグルメ屋台が出ており、ついつい途中下車したくなったものの、耐えて先に進みます。
2014年の東北周遊鉄道旅行で会津若松に向かう際に今は無きあいづライナーに乗り換えた郡山駅で乗り換えですが、そのまま続行運転されるらしく下車することなく福島駅へ。
福島駅では待ち時間が20分くらいあったため、トイレ休憩を兼ねて途中下車することに。
友人が今年の春まで住んでいた愛知県知立市や隣接する刈谷市の北部は江戸時代福島藩の飛び地だったこともあり、重原陣屋跡に「是より東福島領」と書かれた石碑が今も立っています。
・・・それを見に行ったのが24時前だったのはアレですが、元知立市民が福島藩のあった本拠地にいるのは面白いとその時の私は思いました。
駅前は歩行者天国になっており、福島県各地は祭りが多いのかと何も知らない部外者は思いました。

再び改札口を通って快速仙台シティラビット3号に乗り込み、仙台空港アクセス線との乗換駅となる名取駅まで移動します。
ここまでの移動で5時間近くかかっていますが、一旦改札口を出て切符を回収させ、自分はSuicaにチャージして改札を通り、友人は410円の切符を買って改札を通ります。
仙台空港アクセス線の列車は2両編成で、当然車内は混んでいます。
鹿児島市と近隣市を結ぶ路線ならともかく、政令指定都市と連絡する列車にして2両は少々短い気がします。

先頭部から眺める高架橋の東日本大震災の影響を受けた痕跡を見ているうちに列車は地下を通って滑走路をくぐり、仙台空港に定刻に到着。
鉄道で移動できる空港は便利なものだと実感しつつ、今回初めて乗るピーチのチェックイン機の列に陣取ります。
友人と2人分で、荷物を預けるところで少してこずるも、無事に終了して、仙台名物を食べようと、おそばと丼物のセットに牛タン単品を注文。
牛タン定食を選んだ友人ともども大満足し、土産品コーナーで伊佐市の友人からか○たどんの類似品と聞かされている仙台銘菓萩の月と、仙台名物ずんだ餅を購入。
どんな感じなのかは帰宅してからのお楽しみとして、保安検査場を無事に通過。
今回の飛行機での移動については、友人も窓側席にするため座席は前後別となっており、機内ではイヤーパフを着用。
音をさほど気にせずに寝ています。
実際、お昼を食べた後は昼寝しやすいもので、少々寝てました。

新千歳空港に着き、向かうは手荷物受取場。
大手キャリアやAirDo、ソラシドエアの場合は目的地まで荷物を預けたままで移動できますが、LCCはそれが不可です。
ま、新千歳空港には今回の旅程で寄るのが往路のみのため、土産を買うのもこのタイミングしかなく、少々面倒だと友人と話しつつ出発ターミナル前のお土産コーナーまで移動します。
第1回からお世話になっているお土産屋で前回洞爺湖のくだりで土下座してお詫びしたいお菓子屋のおばちゃんは今回いなかったものの、別のおばちゃんがおり、友人がまだ有珠山噴火で崩壊した菓子工場のお菓子をまだ食べてなかったこともあり、案内しておきました。
無論、私も前回買ったものと同じものを購入し、おばちゃん2号はありがとうと言ってましたが、前回の経験は今でも私自身への戒めとして強く心に残っています。
なお、荷物が多くなるため、宅配便代を払って土産は自宅へ届けました。
担当してくれたのが卓球の石川佳純選手似の美人さんでした。

搭乗までまだ時間があるので、前回お世話になった松尾ジンギスカンの当たりへ友人を連れていき、新千歳空港の飲食コーナーの充実ぶりを見せた後、雪印パーラーでソフトクリームを食べます。
その後手荷物自動預け機に荷物を預けるも、友人がトラブり、残り30分に。
保安検査場は真ん中を選択してしまった為、だいぶ時間がかかってしまい、しかも中標津空港行きなので、搭乗口は北の端の方になり、北の検査場を通ればスムーズだったようで失敗でした。

結果、最後の乗客の2人として飛行機への連絡バスに乗り込む羽目になりましたが、ギリギリでした。
貨物ターミナル右横の駐機場から飛行機に乗り込み、ここから新得駅までが未踏の地を行きます。
第2回で稚内に行った時以来のボンバルディア機で日高山脈や帯広市上空、朝ドラの舞台らしきところを通って日没が迫る中中標津空港に着陸。
手荷物受取場で荷物を回収して、ロシア人家族が空港バス乗車券を購入するのを見届けてから根室までの乗車券を購入します。
すっかり日も暮れたため半分寝ながらの移動ですが、かつては並走して標津線が通っていました。
その標津線と接続していた根室線の厚床駅を経由してバスは根室市街へ。
友人はドラゴンクエストウォークでひたすら遊んでいます。
歩かないのに何やってんだと思いつつ、宿泊するホテルそばのバス停で下車。

道路を横断し、根室高校の同窓会が行われているらしくその関係者が数人いる中をチェックイン。
予約時で喫煙の部屋しか無かったため禁煙があるかどうか尋ねたところ空きがあるとのことで、禁煙の角部屋になり、久々のツイン宿泊。
すぐにレストランに移動して名物のエスカロップを頂きます。
ビール1杯付きで、友人との話が盛り上がってしまい、両手でリアクションしたら乾杯前に全量こぼす最悪な展開に。
追加料金払いますのでと伝えるも、翌朝のチェックアウト時になんと無請求という神対応に、私はイーストハーバーホテルさんに感謝しかないです。
不手際を起こしてしまい、大変申し訳ございませんでした。
何はともあれ、仕切り直しで乾杯した後はまたジョッキを倒さないよう早めに飲み干し、エスカロップもおいしくいただき、有料放送カードを部屋番号を打ち込んで買う時代になったことに驚きつつ、友人とAV談議に花を咲かせたのでありました。

移動距離が長い分、疲労蓄積は今年もすごいものがあり、21時過ぎには就寝してました。
(1日目終わり)  
タグ :北海道


Posted by yochi at 20:35Comments(0)旅行記