2013年05月29日
いろんなことをやったりやられたり・・・
仕事で、自社サイトのSSL証明書を急きょ取る、というよりも取らされた、といった感があるのですが、超有名どころの日本V社に申請し、なんと即日で証明書が取れました。
個人的には激安の「RapidSSL」に強い興味を持っているものの、運用法が決まっていないので放置なのですが、一連の流れをしっかりと把握出来ました。
なお、肝心のドメインは現在移管申請中で、これが収まらないことにはSSL証明書の意味はありません。
方や、怒り心頭なのが隣室のDQN女です。
連休中も何かとカタコト音を立てているため、日曜日に1年以上ぶりにパソコンの音源をヘッドフォンからスピーカー15%に変えて、音を出してみました。
まあ日中だけに制約を持たせておきましたが、何を考えたのか、翌日の夜は当初静かだったのが、急に騒音&振動が増え始め、壁の向こうでドタバタし出し、挙句の果てに床に物を落とすわ家具を動かしたりするわで、ビデオカメラで撮影(録音)です。
もう引越し費用をもらって移るか、先方に出て行ってもらうかのいずれかまで来たと思われるものの、昨夜の様子では全く相手はダメです。
管理会社も対応していない様子で、社会勉強にいい意味で当たりを引いたな、と思います。
管理会社の背後に私のクライアントもいらっしゃいますので、そちらのチャンネルも用いて対処を願うとともに、現状改善に向けて行動速度を早めようと思います。
なお、帰宅したら管理会社の方の対応について話を受け、当面注視する、ということになりました。
で、転職サイトからは一気に3社面接のお誘いが来たものの…全部東京です。
職種もバラバラで、場所さえ近ければ受けるのですが、現状では100%採用でない限りNGです。
Web専門職の採用倍率が高いらしい、という話を耳にし、密かに検索してみましたら、中途採用で求人倍率4倍、という大手転職支援サイトもあるようです。
というわけで、アプローチを変えてどこか九州圏内で受けてみようと思います。
個人的には激安の「RapidSSL」に強い興味を持っているものの、運用法が決まっていないので放置なのですが、一連の流れをしっかりと把握出来ました。
なお、肝心のドメインは現在移管申請中で、これが収まらないことにはSSL証明書の意味はありません。
方や、怒り心頭なのが隣室のDQN女です。
連休中も何かとカタコト音を立てているため、日曜日に1年以上ぶりにパソコンの音源をヘッドフォンからスピーカー15%に変えて、音を出してみました。
まあ日中だけに制約を持たせておきましたが、何を考えたのか、翌日の夜は当初静かだったのが、急に騒音&振動が増え始め、壁の向こうでドタバタし出し、挙句の果てに床に物を落とすわ家具を動かしたりするわで、ビデオカメラで撮影(録音)です。
もう引越し費用をもらって移るか、先方に出て行ってもらうかのいずれかまで来たと思われるものの、昨夜の様子では全く相手はダメです。
管理会社も対応していない様子で、社会勉強にいい意味で当たりを引いたな、と思います。
管理会社の背後に私のクライアントもいらっしゃいますので、そちらのチャンネルも用いて対処を願うとともに、現状改善に向けて行動速度を早めようと思います。
なお、帰宅したら管理会社の方の対応について話を受け、当面注視する、ということになりました。
で、転職サイトからは一気に3社面接のお誘いが来たものの…全部東京です。
職種もバラバラで、場所さえ近ければ受けるのですが、現状では100%採用でない限りNGです。
Web専門職の採用倍率が高いらしい、という話を耳にし、密かに検索してみましたら、中途採用で求人倍率4倍、という大手転職支援サイトもあるようです。
というわけで、アプローチを変えてどこか九州圏内で受けてみようと思います。
2013年05月24日
急きょ代休取得♪
明日は会社行事が予定されていたものの、他の社員に有給取得者が出て、前職と同様、行事全員参加が原則である自社においても、会社行事が延期と相成りました。
先週土曜日に休みながらも広島へ出張に行っていた身としては、明日が行事で来週が月初、でその次を代休にしようと目論んでいたものの、見事に思惑粉砕です。
なお、予定していたところから先の土曜日は6月いっぱい完全週休2日でして、どう考えても明日だろう、というわけで、延期になった以上取れない理由は無くなった、ということで急きょ明日を休みにしました。
今週も色々とやってましたが、GW以来の連休になることから、久々にゲーム関係の動画でもYouTubeで上げよう、そう考えています。
特に、キャンペーン全12マップをクリアした「Cities in Motion 2」で、目標達成に追われて、まともに路線網が完成できないままであったため、改めてじっくりやり込もうとおとといから「WEST CITY」のサンドボックスを始めたのですが、南東にある中心市街地路線(下図における「西市街線」)を60人乗りメトロで収益基盤を作り、それでも借り入れの関係で多少赤字気味であったため、バクチ的に300%を超える金利で借入金を増やして南西の町へ長距離路線(同「南岸東西線」)を築いたら、一気に+$20万/週へと黒字転換しました。
ここまではキャンペーンの時とほぼ同じであるため、ちょっと違うことをしようと、一度も路線を作ったこともない北西の高台へ路線を引くことにしました。

上の図を見ていただければ分かりますが、「中央縦断線」がそれで、路線延長の6割強が、無人の山や断崖絶壁、長大な橋で構成されています。
この区間を走行するのに、ゲーム内の時間で1時間程度。
景色もよく、なかなか楽しい路線が引けました。
帰宅したら「環状線」→「東部縦断線」→「湖岸本線」と引けば、週$100万も夢ではない長大路線網が出来上がることでしょう。
まあ原野であっても道路をつなぎさえすれば町が作れますので、そういう遊び方も後々やろうと思いますが、この連休はくつろぎたいものです。
先週土曜日に休みながらも広島へ出張に行っていた身としては、明日が行事で来週が月初、でその次を代休にしようと目論んでいたものの、見事に思惑粉砕です。
なお、予定していたところから先の土曜日は6月いっぱい完全週休2日でして、どう考えても明日だろう、というわけで、延期になった以上取れない理由は無くなった、ということで急きょ明日を休みにしました。
今週も色々とやってましたが、GW以来の連休になることから、久々にゲーム関係の動画でもYouTubeで上げよう、そう考えています。
特に、キャンペーン全12マップをクリアした「Cities in Motion 2」で、目標達成に追われて、まともに路線網が完成できないままであったため、改めてじっくりやり込もうとおとといから「WEST CITY」のサンドボックスを始めたのですが、南東にある中心市街地路線(下図における「西市街線」)を60人乗りメトロで収益基盤を作り、それでも借り入れの関係で多少赤字気味であったため、バクチ的に300%を超える金利で借入金を増やして南西の町へ長距離路線(同「南岸東西線」)を築いたら、一気に+$20万/週へと黒字転換しました。
ここまではキャンペーンの時とほぼ同じであるため、ちょっと違うことをしようと、一度も路線を作ったこともない北西の高台へ路線を引くことにしました。

上の図を見ていただければ分かりますが、「中央縦断線」がそれで、路線延長の6割強が、無人の山や断崖絶壁、長大な橋で構成されています。
この区間を走行するのに、ゲーム内の時間で1時間程度。
景色もよく、なかなか楽しい路線が引けました。
帰宅したら「環状線」→「東部縦断線」→「湖岸本線」と引けば、週$100万も夢ではない長大路線網が出来上がることでしょう。
まあ原野であっても道路をつなぎさえすれば町が作れますので、そういう遊び方も後々やろうと思いますが、この連休はくつろぎたいものです。
2013年05月22日
絶望の瀬戸際で、何かが動き出した
足掛け8ヶ月ほど作ったシステムも、契約0につき、販売方法の転換も視野に入れ始め、昨日社長に直訴するも、期限の6月まで現状の変更が不可能な状況となり、多少悶々としていましたら、PM2.5の値が高水準になっていた・・・と、どうしてこう物騒なのかねえと会社でPCを立ち上げたら、問い合わせのメールが。
資料の用意でてんやわんやになりつつも、勝負のシステム仮開発も大詰め、というところで、次に試用の申し込みメール、と、もしかしたらもしかすると、という展開になっています。
最近動きがあるのが、東日本大震災の被災地で、この小生ごときにお声をかけてもらえるとは、とてもありがたいことです。
復興も本格的になってきたのかな、と思いつつ、契約1号につながればいいなと思う次第です。
それにしても、PM2.5は呼吸器に害を及ぼし、1990年代に話題になっていた酸性雨の時は土壌も頭頂部も・・・と、変なことを気にしたのは置いておいて、無用な環境破壊は押し留め、安穏と暮らせる世の中にしていかないとダメですね・・・。
資料の用意でてんやわんやになりつつも、勝負のシステム仮開発も大詰め、というところで、次に試用の申し込みメール、と、もしかしたらもしかすると、という展開になっています。
最近動きがあるのが、東日本大震災の被災地で、この小生ごときにお声をかけてもらえるとは、とてもありがたいことです。
復興も本格的になってきたのかな、と思いつつ、契約1号につながればいいなと思う次第です。
それにしても、PM2.5は呼吸器に害を及ぼし、1990年代に話題になっていた酸性雨の時は土壌も頭頂部も・・・と、変なことを気にしたのは置いておいて、無用な環境破壊は押し留め、安穏と暮らせる世の中にしていかないとダメですね・・・。
2013年05月20日
久々にサーバ立て直し
先日の出張で、新型のプログラムを自社のテストサーバへ入れたものの、Pythonで多数のエラーが発生、まともに使えるようになるまで6時間かかった、という事態が発生しました。
まあ、最新の環境でないと動かない、というわけで、出張前に予め最新の環境のサーバをご用意下さい、と一言聞いていればここまでエラーつぶしの現場に居合わせることもなくより実入りのよい展開になっただろうと思いつつ、今日はサラっと苦労して入れたもののいまだバグが残されていたテストサーバを綺麗さっぱりクリーンインストールし直し、CentOS6.4&PHP5.4の環境(後者は本人の意志と関係なく、MySQL絡みのインストール指示をしたら付いてしまった・・・。文字列変数の場合の一部関数の返しが真逆になる、mysqli関数が基本となるなど変更点もあり要注意)にして、後顧の憂いを断ち切り、一通り終わらせています。
phpMyAdminが、バージョン4.0系列が登場していて、入れたらこれになっていました。
phpは早くも5.5も登場しており、とりわけMySQLとの連携について早く互換性のある方策を導入することが来年までのテーマになってきつつあります。
とは言え、SQLiteもPHP5.4で任意のインストールになっており、何かと落ち着かない、そんな気がします。
今後の動向を念頭に置きつつ、引き続き開発案件の処理を進めます。
まあ、最新の環境でないと動かない、というわけで、出張前に予め最新の環境のサーバをご用意下さい、と一言聞いていればここまでエラーつぶしの現場に居合わせることもなくより実入りのよい展開になっただろうと思いつつ、今日はサラっと苦労して入れたもののいまだバグが残されていたテストサーバを綺麗さっぱりクリーンインストールし直し、CentOS6.4&PHP5.4の環境(後者は本人の意志と関係なく、MySQL絡みのインストール指示をしたら付いてしまった・・・。文字列変数の場合の一部関数の返しが真逆になる、mysqli関数が基本となるなど変更点もあり要注意)にして、後顧の憂いを断ち切り、一通り終わらせています。
phpMyAdminが、バージョン4.0系列が登場していて、入れたらこれになっていました。
phpは早くも5.5も登場しており、とりわけMySQLとの連携について早く互換性のある方策を導入することが来年までのテーマになってきつつあります。
とは言え、SQLiteもPHP5.4で任意のインストールになっており、何かと落ち着かない、そんな気がします。
今後の動向を念頭に置きつつ、引き続き開発案件の処理を進めます。
2013年05月16日
順調に既存事業立て直しの鍵・管理システムの仮開発進む
今朝はおにぎり用のふりかけが大半飛散し、帰宅したら掃除機決定であったりしますが、左腕の後遺症は完治まで程遠い状況です。
それはさておき、既存事業立て直しに向けて、現在新規コンテンツ対応の管理システムをSQliteで組んでいます。
MySQLの方は楽々と扱えるようになっているものの、SQliteの方は、データ拾い出しでしか使ったことがなく、データ登録・更新・削除の類は試行錯誤しながらやっています。
一応問題なく根幹が出来上がったため、次いで画像アップロード関係のところを去年開発したシステムのものを流用して終了、まあ画像サイズをどうするか、という問題は残ってますが、まずは一通り形になればそれでよし、というところです。
新システムでは、FBページにTwitter、YouTube埋め込みなどについて登録ができるようになっており、現在のものと比較して見せ方が飛躍的にパワーアップするだろうと見ています。
高額商品を販促するにあたっては、並大抵のコンテンツでは訴求効果は大いに期待できず、そういった点を極力上回るよう仕向けることで、全体的に魅せる、ということを図るべきだと考えています。
まあ、思いついていた2006年の頃では技術力で到底及ばず、今ここに来て企画・技術とも必要水準を上回りましたので実現できるようなものなのですが、これを突破口として、今はまだ実現できていないライフワークを取り組める路線へシフトさせたい、そう考えています。
何事にせよ、これまでに取り組んできた経験なり得られた知識なりは、こうして活かせるようになるわけです。
10代の頃の絵空事を考えるも実行力、というよりは実現力ですが、これがなかったことでカタチに出来ずに今に至っているのが、ようやく反転してきました。
いろいろと大志を抱くことも大事だとは思いつつ、結局は実現力を身に付けた者が勝つ、そう自社の実現力を有しない人間を見てつくづく思います。
去年手がけたものに比べれば規模は小さめで、営業も行わないといけないことから、期限はせいぜい月内です。
来週中に目処を付けて、クライアントにも利用者にも喜ばれるものを作らねばと思いを新たにしています。
それはさておき、既存事業立て直しに向けて、現在新規コンテンツ対応の管理システムをSQliteで組んでいます。
MySQLの方は楽々と扱えるようになっているものの、SQliteの方は、データ拾い出しでしか使ったことがなく、データ登録・更新・削除の類は試行錯誤しながらやっています。
一応問題なく根幹が出来上がったため、次いで画像アップロード関係のところを去年開発したシステムのものを流用して終了、まあ画像サイズをどうするか、という問題は残ってますが、まずは一通り形になればそれでよし、というところです。
新システムでは、FBページにTwitter、YouTube埋め込みなどについて登録ができるようになっており、現在のものと比較して見せ方が飛躍的にパワーアップするだろうと見ています。
高額商品を販促するにあたっては、並大抵のコンテンツでは訴求効果は大いに期待できず、そういった点を極力上回るよう仕向けることで、全体的に魅せる、ということを図るべきだと考えています。
まあ、思いついていた2006年の頃では技術力で到底及ばず、今ここに来て企画・技術とも必要水準を上回りましたので実現できるようなものなのですが、これを突破口として、今はまだ実現できていないライフワークを取り組める路線へシフトさせたい、そう考えています。
何事にせよ、これまでに取り組んできた経験なり得られた知識なりは、こうして活かせるようになるわけです。
10代の頃の絵空事を考えるも実行力、というよりは実現力ですが、これがなかったことでカタチに出来ずに今に至っているのが、ようやく反転してきました。
いろいろと大志を抱くことも大事だとは思いつつ、結局は実現力を身に付けた者が勝つ、そう自社の実現力を有しない人間を見てつくづく思います。
去年手がけたものに比べれば規模は小さめで、営業も行わないといけないことから、期限はせいぜい月内です。
来週中に目処を付けて、クライアントにも利用者にも喜ばれるものを作らねばと思いを新たにしています。
2013年05月11日
仕事の方が慌ただしくなる見込み
ツーリング記事を一通り書き終えたタイミングで、今度は会社でグループ年商ン十億円の社長をお招きしての自部署経営改善計画を立案し、前職とほぼ完全にガチンコ競合部門で営業から立て直しまで担当する羽目になりました。
もはや足掛け8ヶ月携わって作り上げてきたシステムが、アクセス状況から需要はありそうなものの、金額面で折り合わないことが読み取れる状況で、路線を完全に変えねばならない岐路に立たされた、というところです。
月額料を取るASP式でなく、初回買い切りに舵を切ることになりそうです。
まあ、開発経費が200万円程度、ということもあり、Excel販売状況を踏まえての価格設定をすることになりそうですが、Webサイトを1つこしらえるのに数十万円程度、システム開発を1から頼む場合で数百万円規模、ということから逆算しますが、それらを踏まえるとリーズナブルになるのではないでしょうか。
社内で検討の上、システムの方は継続開発を中断することにしますが、そこまでしてガチンコ競合部門をテコ入れしないと、本業の赤字にやられる格好で失業の危機に立たされることから、こちらもこれまでの経験を踏まえて本気で取り組む、というものです。
なお、その日の夜は自社の社長も交え、黒豚しゃぶしゃぶ料理を味わっておりました。
接待なので写真は撮れませんでしたが、金持ち過ぎても口座が作れない場合がある、という話で場は盛り上がっておりました。
帰宅したら、システムではなくExcelの注文が来ていたため、疲れている上に小一時間商品製造&発送準備をしてましたが、この後郵便局へ出向いて発送です。
で、来週末は自社は休みながらも県外へ出張です。
理由は、自社運営サイト立て直しにつき、バージョンアップにかかる核心部分を把握するためです。
観光に行く時間を取れるかどうか、現在検討中ですが、天気次第です。
もはや足掛け8ヶ月携わって作り上げてきたシステムが、アクセス状況から需要はありそうなものの、金額面で折り合わないことが読み取れる状況で、路線を完全に変えねばならない岐路に立たされた、というところです。
月額料を取るASP式でなく、初回買い切りに舵を切ることになりそうです。
まあ、開発経費が200万円程度、ということもあり、Excel販売状況を踏まえての価格設定をすることになりそうですが、Webサイトを1つこしらえるのに数十万円程度、システム開発を1から頼む場合で数百万円規模、ということから逆算しますが、それらを踏まえるとリーズナブルになるのではないでしょうか。
社内で検討の上、システムの方は継続開発を中断することにしますが、そこまでしてガチンコ競合部門をテコ入れしないと、本業の赤字にやられる格好で失業の危機に立たされることから、こちらもこれまでの経験を踏まえて本気で取り組む、というものです。
なお、その日の夜は自社の社長も交え、黒豚しゃぶしゃぶ料理を味わっておりました。
接待なので写真は撮れませんでしたが、金持ち過ぎても口座が作れない場合がある、という話で場は盛り上がっておりました。
帰宅したら、システムではなくExcelの注文が来ていたため、疲れている上に小一時間商品製造&発送準備をしてましたが、この後郵便局へ出向いて発送です。
で、来週末は自社は休みながらも県外へ出張です。
理由は、自社運営サイト立て直しにつき、バージョンアップにかかる核心部分を把握するためです。
観光に行く時間を取れるかどうか、現在検討中ですが、天気次第です。
2013年05月09日
2013GWツーリングその4~津⇒法隆寺⇒神戸⇒鹿児島
これまで3回にわたって執筆してきましたが、今回は4・5日目(5/5・6)の津駅から近鉄を利用しての伊勢神宮参拝と法隆寺、六甲フェリーターミナル&大分港を経ての帰路に至る旅程について記します。
6時30分の急行に乗って伊勢市まで行く計画であったが、目覚ましを5時40分にセットし、一度は起きた。
が、この2日間で1,200km程走っていたことに加え、前日のヘルメット騒動で疲れがピークに来ていたのであろう。
あろうことか目を覚ましたのが6時50分。
寝坊である。
というわけで、7時半に特急が来る、というわけで急ピッチで朝の支度を終え、鹿児島からずっと着用してきたヘルメットを部屋に置き、荷物をフロントに預けて隣接する津駅へ。
ヘルメットをホテルで捨てる人間など、年に数人いるかどうかだと思うのだが、まさかの展開でどうしようもなかったため、やむを得ない。
予定より1時間遅れの上、特急料金500円を払って乗ったのがコレ。
まあ急行よりも20分早く目的地へ着くため、正味40分遅れとなるが、致し方ない。
なお、伊勢鉄道のディーゼルカーも入線してきたため撮影した。

伊勢方面に向かう列車の中は人が多く、賑わっていた。
伊勢市駅で下車し、参道を歩くこと数分、去年12分遅れで追い返された外宮の入口に、1年ぶりに帰ってきた。


無事鳥居を幾度もくぐり、本殿へ。

今年一年も実りあるようと、来月で上半期も終わるのにそんな思いでお参りしたのであるが、引き続き、外宮前から出ているバスで内宮へと向かう。
予め410円の券を買い、満員御礼で吊革直行のバスに乗り込む。
揺られること十数分、内宮に着く。
ここから少し離れている野営場でテントに寝泊まりしていたのが小6の時なので、それ以来である。
なお、内宮の手前のバス停で運賃320円程度だったのに、少々距離が離れただけで410円になるとはボッタクリでは、と思いつつ、内宮に向かう。

人が多い。
五十鈴川を渡り、境内をあちこち回る。

不思議なもので、今までの雑念やら邪念やらが消え去り、泰然自若と言うか、落ち着いて事に当たれるようになった気がした。
伊勢神宮が本物のパワースポットであるからだと思うし、日本人の魂のよりどころである何よりの場所とも思う。

苦節22年、やっと参拝できて安堵しつつ、おかげ横丁を通ってみる。
福井でおいしかった牛串が、松坂牛バージョンで売られており、ついつい行列に誘われて買ってみた。
肉まんは普通だったし、牛串も650円する割に福井ほどおいしくなかった気がする。
味付けや好みの問題なのかもしれないが、肉質自体は満足しているので、興味がある方は一度召し上がってみてほしい。
その他、銀行なども和風の木造で店舗が立地しており、面白い。
猿田彦神社前から五十鈴川駅までバスで移動し、普通列車に乗り込む。

途中いろんな列車に追い抜かれながら、松坂駅で急行に乗り換えて、津駅に戻る。
まあ、乗り換えなくても数分遅れで着くのだが、ホテルで荷物を回収し、いよいよバイクにまたがるとともに新ヘルメットのデビュー戦である。
国道23号を南下して国道163号に入る。
途中、「喫茶南米」という、テレビの旅番組で出てくる「喫茶ぶらじる」をしのぐ名前の店に出くわす。
コロンビア豆のコーヒーなども置いてそうな感じで強いインパクトを受けつつ、伊賀路を進む。
正午を過ぎているにもかかわらず、新長野トンネル内は寒かったが、快適に西へ駆け抜ける。
中瀬ICから名阪国道に入り、一路西へ。
Ωカーブが有名と聞き、終盤にその箇所に差し掛かったが、150m半径のカーブでは60km/h程度が精一杯である。
無事に事故なく走り抜け、西名阪道に入る。
なお、余談だが、中学校の卓球部で、後輩からは「オメガ先輩」と呼ばれていた。
理由は、FF5の強敵・オメガのように怖い、ということかららしい。
閑話休題、事前設定ルートではこのまま神戸へ向かう、ということになっていたのだが、朝寝坊した割に津から先は予定より30分ほど早く行動できていた。
というわけで、法隆寺ICの標識を見て、急きょ法隆寺へ行くことにした。
「そうだ、(時間が空いたなら)法隆寺へ行こう」、という感じである。
車は多かったが、さほど滞ることなく駐車場へ入る。
法隆寺前に駐めているバイクは多かったが、誘導員氏の話では、正式ではないから保証しませんよ、と言う。
200円でOK、とのことだったので、その額を払って店裏の生活感あふれる敷地っぽいところへ駐める。
「信貴山なんかもいいですよ」と観光名所を教えていただいたのであるが、法隆寺以上に時間を取って行けるところはない、というわけで、今回はスルーとなった。
なお、信貴山は、戦国時代の梟雄の一人・松永久秀の居城があった場所でもある。
誘導員氏はこのことを知らなかったようだが、マニアックな人物なので致し方ない。
法隆寺は、五重塔が日本はおろか世界最古の木造建築として知られている。
作ったのは今も会社組織として現存する金剛組、だったろうか。
歴史の授業で教えはするも、どんな場所かは詳しく語ったことがないため、今回来ることができて良かった、と思いつつ中に入る。


聖徳太子がいた頃とさほど変わらない風景かと思うと、気が遠くなりそうになる。



各所で行列に並んで展示物を見てみたが、安穏とした時代だったのだろうと思いつつ、昔の人の思いやら思想やらを垣間見つつ、法隆寺を後にした。
再び法隆寺ICから西名阪道に入り、松原JCTから阪神高速に戻る。
大阪港線からは去年と全く同じで、今年も天保山JCTで湾岸線へ右車線から分岐しようにも、後続車が連なる羽目になってしまった。
カーブがきつい区間のため安全上仕方ないが、どうにも右から分岐するのは不得手である。
湾岸線を六甲アイランド方向へ進むが、海沿い道なので風が強い。
強風に耐えつつ、新神戸大橋を渡る際は驚いた。
橋のつなぎ目の溝が他の橋よりも広めで、タイヤが少し吸い寄せられたためである。
そんなこんなで六甲アイランドにあるフェリー乗り場に着き、乗船手続きも早々と終えて、乗船。
スタンダード個室だったが、窓がない分何とも言えないが、洗面が室内にある点はよかった。
20時前に明石海峡大橋の下を通ると聞き、展望デッキへ半そで姿で出たが、寒い。
5分ほどしばし神戸方面が渋滞する橋を眺めて、男湯へ温まりに行ったのであった。
翌朝は5時40分に起床。
単に、フェリー到着が6時20分なので、早く支度しないといけないためだったが、疲れは結構溜まっていた。
大分港を6時42分に出発し、国道10号&326号で北川まで。
毎度恒例の感があるが、天気の良い撤収はなかなかない。
今年は東九州道が北川からも乗れるようになっており、日向ICまで快適に進む。
そこから先も、都農ICが開通しており、そこから宮崎西ICまで進む。
宮崎を縦断する国道10号を延岡まで初めて走ったのが2002年のことなので、往時からすると快適になったことを痛感する。
宮崎西ICから国道10号を西へ進み、国道268号分岐点で、268号へ入る。
実は、ここから先は初めてなのである。
自社に去年秋まで野尻町出身者が勤務しており、懇意にしていたのだが、バイクで北浦町と野尻町と北部の谷合以外は全て走った、と語るも、なかなか野尻町を走ることがなかった。
というわけで、「コンビニが1店舗しかない」ことをこの目で確認すべく、進んでいくが、至って快適な道である。
普通に走り抜け、小林ICから宮崎道に入る。
意外だが、小林IC~えびのJCT間もまた初めて走る。
栗野ICで降り、友人が住む伊佐市へ向かい、毎度恒例のグラーツィエでスパゲティを食べ、曾木の滝へ行く。
さらに、旧曾木発電所跡が見られる、ということで、水が引いているダムの底にその姿を見た。
後はいつものように撤収し、15時20分過ぎに帰宅。
とりあえず、去年と違い今年は主目的地は全て回れた。
来年はまた、四国へ行きたいと思っているのだが、まだルートなどの中身は詰め切れていない。
状況に応じて臨機応変に、ということで今年については締めくくりたい。
6時30分の急行に乗って伊勢市まで行く計画であったが、目覚ましを5時40分にセットし、一度は起きた。
が、この2日間で1,200km程走っていたことに加え、前日のヘルメット騒動で疲れがピークに来ていたのであろう。
あろうことか目を覚ましたのが6時50分。
寝坊である。
というわけで、7時半に特急が来る、というわけで急ピッチで朝の支度を終え、鹿児島からずっと着用してきたヘルメットを部屋に置き、荷物をフロントに預けて隣接する津駅へ。
ヘルメットをホテルで捨てる人間など、年に数人いるかどうかだと思うのだが、まさかの展開でどうしようもなかったため、やむを得ない。
予定より1時間遅れの上、特急料金500円を払って乗ったのがコレ。

まあ急行よりも20分早く目的地へ着くため、正味40分遅れとなるが、致し方ない。
なお、伊勢鉄道のディーゼルカーも入線してきたため撮影した。

伊勢方面に向かう列車の中は人が多く、賑わっていた。
伊勢市駅で下車し、参道を歩くこと数分、去年12分遅れで追い返された外宮の入口に、1年ぶりに帰ってきた。


無事鳥居を幾度もくぐり、本殿へ。

今年一年も実りあるようと、来月で上半期も終わるのにそんな思いでお参りしたのであるが、引き続き、外宮前から出ているバスで内宮へと向かう。
予め410円の券を買い、満員御礼で吊革直行のバスに乗り込む。
揺られること十数分、内宮に着く。
ここから少し離れている野営場でテントに寝泊まりしていたのが小6の時なので、それ以来である。
なお、内宮の手前のバス停で運賃320円程度だったのに、少々距離が離れただけで410円になるとはボッタクリでは、と思いつつ、内宮に向かう。

人が多い。
五十鈴川を渡り、境内をあちこち回る。

不思議なもので、今までの雑念やら邪念やらが消え去り、泰然自若と言うか、落ち着いて事に当たれるようになった気がした。
伊勢神宮が本物のパワースポットであるからだと思うし、日本人の魂のよりどころである何よりの場所とも思う。

苦節22年、やっと参拝できて安堵しつつ、おかげ横丁を通ってみる。
福井でおいしかった牛串が、松坂牛バージョンで売られており、ついつい行列に誘われて買ってみた。
肉まんは普通だったし、牛串も650円する割に福井ほどおいしくなかった気がする。
味付けや好みの問題なのかもしれないが、肉質自体は満足しているので、興味がある方は一度召し上がってみてほしい。
その他、銀行なども和風の木造で店舗が立地しており、面白い。
猿田彦神社前から五十鈴川駅までバスで移動し、普通列車に乗り込む。

途中いろんな列車に追い抜かれながら、松坂駅で急行に乗り換えて、津駅に戻る。
まあ、乗り換えなくても数分遅れで着くのだが、ホテルで荷物を回収し、いよいよバイクにまたがるとともに新ヘルメットのデビュー戦である。
国道23号を南下して国道163号に入る。
途中、「喫茶南米」という、テレビの旅番組で出てくる「喫茶ぶらじる」をしのぐ名前の店に出くわす。
コロンビア豆のコーヒーなども置いてそうな感じで強いインパクトを受けつつ、伊賀路を進む。
正午を過ぎているにもかかわらず、新長野トンネル内は寒かったが、快適に西へ駆け抜ける。
中瀬ICから名阪国道に入り、一路西へ。
Ωカーブが有名と聞き、終盤にその箇所に差し掛かったが、150m半径のカーブでは60km/h程度が精一杯である。
無事に事故なく走り抜け、西名阪道に入る。
なお、余談だが、中学校の卓球部で、後輩からは「オメガ先輩」と呼ばれていた。
理由は、FF5の強敵・オメガのように怖い、ということかららしい。
閑話休題、事前設定ルートではこのまま神戸へ向かう、ということになっていたのだが、朝寝坊した割に津から先は予定より30分ほど早く行動できていた。
というわけで、法隆寺ICの標識を見て、急きょ法隆寺へ行くことにした。
「そうだ、(時間が空いたなら)法隆寺へ行こう」、という感じである。
車は多かったが、さほど滞ることなく駐車場へ入る。
法隆寺前に駐めているバイクは多かったが、誘導員氏の話では、正式ではないから保証しませんよ、と言う。
200円でOK、とのことだったので、その額を払って店裏の生活感あふれる敷地っぽいところへ駐める。
「信貴山なんかもいいですよ」と観光名所を教えていただいたのであるが、法隆寺以上に時間を取って行けるところはない、というわけで、今回はスルーとなった。
なお、信貴山は、戦国時代の梟雄の一人・松永久秀の居城があった場所でもある。
誘導員氏はこのことを知らなかったようだが、マニアックな人物なので致し方ない。
法隆寺は、五重塔が日本はおろか世界最古の木造建築として知られている。
作ったのは今も会社組織として現存する金剛組、だったろうか。
歴史の授業で教えはするも、どんな場所かは詳しく語ったことがないため、今回来ることができて良かった、と思いつつ中に入る。


聖徳太子がいた頃とさほど変わらない風景かと思うと、気が遠くなりそうになる。



各所で行列に並んで展示物を見てみたが、安穏とした時代だったのだろうと思いつつ、昔の人の思いやら思想やらを垣間見つつ、法隆寺を後にした。
再び法隆寺ICから西名阪道に入り、松原JCTから阪神高速に戻る。
大阪港線からは去年と全く同じで、今年も天保山JCTで湾岸線へ右車線から分岐しようにも、後続車が連なる羽目になってしまった。
カーブがきつい区間のため安全上仕方ないが、どうにも右から分岐するのは不得手である。
湾岸線を六甲アイランド方向へ進むが、海沿い道なので風が強い。
強風に耐えつつ、新神戸大橋を渡る際は驚いた。
橋のつなぎ目の溝が他の橋よりも広めで、タイヤが少し吸い寄せられたためである。
そんなこんなで六甲アイランドにあるフェリー乗り場に着き、乗船手続きも早々と終えて、乗船。
スタンダード個室だったが、窓がない分何とも言えないが、洗面が室内にある点はよかった。
20時前に明石海峡大橋の下を通ると聞き、展望デッキへ半そで姿で出たが、寒い。
5分ほどしばし神戸方面が渋滞する橋を眺めて、男湯へ温まりに行ったのであった。
翌朝は5時40分に起床。
単に、フェリー到着が6時20分なので、早く支度しないといけないためだったが、疲れは結構溜まっていた。
大分港を6時42分に出発し、国道10号&326号で北川まで。
毎度恒例の感があるが、天気の良い撤収はなかなかない。
今年は東九州道が北川からも乗れるようになっており、日向ICまで快適に進む。
そこから先も、都農ICが開通しており、そこから宮崎西ICまで進む。
宮崎を縦断する国道10号を延岡まで初めて走ったのが2002年のことなので、往時からすると快適になったことを痛感する。
宮崎西ICから国道10号を西へ進み、国道268号分岐点で、268号へ入る。
実は、ここから先は初めてなのである。
自社に去年秋まで野尻町出身者が勤務しており、懇意にしていたのだが、バイクで北浦町と野尻町と北部の谷合以外は全て走った、と語るも、なかなか野尻町を走ることがなかった。
というわけで、「コンビニが1店舗しかない」ことをこの目で確認すべく、進んでいくが、至って快適な道である。
普通に走り抜け、小林ICから宮崎道に入る。
意外だが、小林IC~えびのJCT間もまた初めて走る。
栗野ICで降り、友人が住む伊佐市へ向かい、毎度恒例のグラーツィエでスパゲティを食べ、曾木の滝へ行く。
さらに、旧曾木発電所跡が見られる、ということで、水が引いているダムの底にその姿を見た。
後はいつものように撤収し、15時20分過ぎに帰宅。
とりあえず、去年と違い今年は主目的地は全て回れた。
来年はまた、四国へ行きたいと思っているのだが、まだルートなどの中身は詰め切れていない。
状況に応じて臨機応変に、ということで今年については締めくくりたい。
タグ :2013GWツーリングツーリング
2013年05月08日
2013GWツーリングその3~直江津駅⇒諏訪大社⇒津
今回は3日目(5/4)の直江津駅から善光寺、八幡原史跡公園、佐久平駅、諏訪大社を経ての治水神社&薩摩義士碑、そして津駅への旅程について記します。
直江津駅を後にし、来た道を引き返す途中、ガソリンスタンドに立ち寄る。
雪がまだ残る越後山脈を眺めていたら、鹿児島ナンバーであることに気付いた店員さんが話しかけてくる。
聞くところ、例年の5月ならばとっくに雪も解け切って暖かいとのことなのだが、今年は雪の量が少ない割に、気温が低い、という話であった。
去年こちらへ来た帰りに越後湯沢で雪を見たという話もしていたが、今年の冬は寒かった、ということになるのだろうか。
スタンドを後にし、再度上越ICから上越JCTを経て上信越道に入る。
当然だが、こちらも初めて走る。
最初は快適に走れていたが、やがて坂道の辺りで渋滞になる。
まあゆっくり進めるタイプのものなのでストレスにはならないが、追突しないよう気をつけねばならない。
しばらく進むと雪景色の妙高高原が見えてきた。
山並に雪がしっかりと残っており、さながら山水画の世界である。
さすがに走行中写真は撮れないため見るだけに留まったが、景色が素晴らしい道である。
信濃町ICで降り、前日学生二人が溺死したらしい野尻湖、ではなく、善光寺への最短路を目指して、国道18号へ出ようにも、またもや渋滞。
進行ルートを反対回りにすればよかったのだが、最短が必ずしも早いとは限らない。
後悔しつつ、信号6ターン目でようやく国道へ出られた。
「飯綱東高原入口」交差点の次の名もなき交差点を右折、ということを注意して進み、無事右折レーンのある当該交差点で目的地方向へ進み、県道37号に合流。
狭かったり改良されて走りやすかったりと極端な道だったが、その極端さが際立ったのがトンネルの先のヘアピンカーブ連続。
長崎の山沿い道を走っているかのような錯覚に陥ったが、すごかった。
何とか下りきり、長野市街地に入る。
善光寺の真北に出て、第四駐車場を目指す。
折よく誘導されて駐め、牛ならぬ鉄の馬に乗ってやってきました善光寺。

人が多く、拝観の長い行列には並べなかったが、著名な仏閣を巡るのも悪くない。
帰り道、バイクの近くで先を行く家族連れが「鹿児島から来てる人がいるよ」と話していたが、それを聞くと遠方まで来てしまったものだと実感させられる。
再びバイクにまたがり、一方通行規制が始まった周辺道路を通って、長野大学前の交差点を左折して長野IC方面へと向かう。
途中、上杉謙信と武田信玄が戦った川中島古戦場跡にある八幡原史跡公園へ立ち寄り、数十分ほどビデオカメラを片手に散策。
両雄のお守りを買ったが、ライバル同士だから御利益半減になりそうな気もしつつ、長野ICから再度上信越道に入り、佐久市へ向かう。
2009年9月21日に佐久平駅近くのホテルに鉄道旅行の途上泊まったことがあり、ここもまたバイクで行っておこう、という魂胆である。
上信越道の距離表示で「東京128km」と出てきた時は、2時間足らずで東京へ行けるんだ、と思ったものの、車の多い首都圏へ突っ込むのは危険、というわけで行く予定はないのだが、中部横断道佐久北ICで降り、佐久平駅へ。

写真を撮る前後に、小海線のディーゼルカーが上下線で相次いで駆けていったが、もうあれから3年8ヶ月も経っているわけである。
なお、当時泊まったホテルが「プラザ21」である。

佐久平駅を後にして、西に向かう。
予定よりかなり遅延してきていたため、諏訪大社下社はあきらめ、上社へ直行すべく、国道142号から152号へ。
標高が上がってきたところ、小雨がパラパラと降り出し、途中でカッパ再着用(朝の北陸道で来ていたものの、八幡原史跡公園で脱いでいた)&バッグにビニール袋を覆いかぶせて雨対策を完了し、進んでいくと、入来峠をさらにひどくした感じの峠道にさしかかる。
ギアを落として上りきった先に見えてきたのは、白樺湖であった。
曇天ながら静かに水をたたえるその姿は、とても美しかった。
霧ヶ峰の麓だけに景色も素晴らしいのだが、曇天なのがもったいなかった。
沿線のしゃれたお店に人が並んでいるのを横目に、空腹に耐えつつ南下。
茅野市で多少の交通混雑に出くわすも、予定ルートをほぼ走ってやって来ました諏訪大社。
お参りを終え、駐車場に戻ると、ちょうど静岡県掛川市から50ccのスポーツタイプで来た人と話す機会があり、お互い空腹で時間がないといった他愛のない話をした後、諏訪IC目指して進む。
無事に諏訪ICに入り、中央道を西へひた走る。
最初のSAである諏訪湖SAでざるそば定食を食べて一息つけ、おやきを2つ買ってまたバイクにまたがる。
山間部と異なり、天候は落ち着いており、時折日差しも出てすがすがしく進んでいける状態であった。
岐阜県に入り、土岐JCT付近で5kmの渋滞、というのを目にし、電光掲示板を見るたびに2kmずつ伸び、屏風山PAに着く目前で13kmに伸びた渋滞の最後尾にさしかかり、慌ててトイレ休憩に駆け込んだ。
一息ついた後、意を決して渋滞の末尾に並んだが、意外と時速40km/hは出せており、抜けるのにさほど苦にはならなかった。
小牧JCTであやうく東名へ行きそうになったが辛うじて名神へ進む右車線に入って難を逃れるも、しばらく走ったらまた渋滞。
5km程度で、こちらもゆっくり進めたため苦も無く抜けて、岐阜羽島ICで降り、そのまま近くのスタンドへ。
こちらでも、ナンバーを見て話しかけられたが、宮城県仙台市出身だそうで、東北へ走られませんか、と聞かれた。
予算と日程の関係でしばらく無理っぽい、という話にはなったが、こちらも直江津駅へ行く前に行っていた地域であり、機会があれば行きたいものである。
木曽川沿いの県道をひたすら南下するも、天候が雨に変わった。
名古屋市の方では空が真っ黒で、それでいて日が射し込むため、進行方向左側では虹が5分以上にわたって見られた。
去年の愛媛県走行中もそんな感じだったが、去年と違い、堤防道である県道23号には停車できるような路肩はない。
というわけで、写真を撮ることが不可能な中、木曽三川公園を過ぎて、薩摩義士碑のある治水神社に着いた。




江戸時代の中ごろ、薩摩藩は木曽川流域の氾濫を収めるよう幕府に普請を命ぜられてこの地で堤防を築き上げ、奉行であった平田靱負は多大な出費と犠牲を出したことに責任を取って切腹、その功をたたえる人々が建立したのがこの治水神社なのである。
なお、宝暦治水碑はここから数百メートル先にあるのだが、私はすっかりそのことを失念してしまっており、おやきを食べてそのまま去ってしまった。
というわけで、またこの地に来ることになりそうだが、それはさておき、桑名東ICをめがけて国道258号を南下、すっかり日も落ちかかったところでいよいよ東名阪道に入る。
去年は伊勢からの上り線で、雨も降ってる上に渋滞で酷い展開だったが、今回は渋滞がない下り線で、雨も止んでいる。
快適に南下し続け、上り線の車が止まっている状況を見るにつけ、去年の記憶を思い出しつつ、津ICで降り、津駅の駐輪場へバイクを駐める。
しかし、自転車に乗った若い男の様子がおかしく、駐輪場から出る気配がないため、外へ出て様子を見守ろうとしたら、ヘルメットを落としてしまう。
そして、一方の可動部が割れて外れたことが判明し、少し気が動転しそうになったが、まずはバイク本体に危害が及ばないか様子を見る。
例の男は自転車に乗ったまま近づいてきたようだが、防犯アラームのランプを見て態度一変、しばらくしたら駐輪場から去って行った。
ホテルでチェックインを済ませ、15Fの部屋に一旦荷物を置いた後、半損状態のヘルメットをかぶって、iPadで調べたホームセンター「スーパービバホーム」へ向かう。
津駅から北は渋滞回避の車も走ることから交通量が多く、なかなかスムーズに進んでくれない。
どうにか20:20過ぎに着き、店員にヘルメット売り場の場所を聞くが、品ぞろえはニシムタの比ではない。
しょぼ過ぎて、選択肢は2択であったが、選んでいる場合ではないので、まずまずのものを選んで購入。
ニシムタやA-Zが優秀なのが、県外のホームセンターを見て十分に理解できたが、県外へ住むといろんなカルチャーショックを受けそうである。
ホテル前で有料ながら駐輪OKとのことで、バイクをホテル前へ駐め、部屋で買ったばかりのヘルメットを取り出す。
まさか旅先でヘルメットを買う羽目になるとはびっくりであったが、こんなトラブルもあるから目的地には適度に早い時間に着いた方が良い。
そして、翌日は念願の伊勢神宮参拝に備えて22時過ぎに就寝したのであった。
直江津駅を後にし、来た道を引き返す途中、ガソリンスタンドに立ち寄る。
雪がまだ残る越後山脈を眺めていたら、鹿児島ナンバーであることに気付いた店員さんが話しかけてくる。
聞くところ、例年の5月ならばとっくに雪も解け切って暖かいとのことなのだが、今年は雪の量が少ない割に、気温が低い、という話であった。
去年こちらへ来た帰りに越後湯沢で雪を見たという話もしていたが、今年の冬は寒かった、ということになるのだろうか。
スタンドを後にし、再度上越ICから上越JCTを経て上信越道に入る。
当然だが、こちらも初めて走る。
最初は快適に走れていたが、やがて坂道の辺りで渋滞になる。
まあゆっくり進めるタイプのものなのでストレスにはならないが、追突しないよう気をつけねばならない。
しばらく進むと雪景色の妙高高原が見えてきた。
山並に雪がしっかりと残っており、さながら山水画の世界である。
さすがに走行中写真は撮れないため見るだけに留まったが、景色が素晴らしい道である。
信濃町ICで降り、前日学生二人が溺死したらしい野尻湖、ではなく、善光寺への最短路を目指して、国道18号へ出ようにも、またもや渋滞。
進行ルートを反対回りにすればよかったのだが、最短が必ずしも早いとは限らない。
後悔しつつ、信号6ターン目でようやく国道へ出られた。
「飯綱東高原入口」交差点の次の名もなき交差点を右折、ということを注意して進み、無事右折レーンのある当該交差点で目的地方向へ進み、県道37号に合流。
狭かったり改良されて走りやすかったりと極端な道だったが、その極端さが際立ったのがトンネルの先のヘアピンカーブ連続。
長崎の山沿い道を走っているかのような錯覚に陥ったが、すごかった。
何とか下りきり、長野市街地に入る。
善光寺の真北に出て、第四駐車場を目指す。
折よく誘導されて駐め、牛ならぬ鉄の馬に乗ってやってきました善光寺。

人が多く、拝観の長い行列には並べなかったが、著名な仏閣を巡るのも悪くない。
帰り道、バイクの近くで先を行く家族連れが「鹿児島から来てる人がいるよ」と話していたが、それを聞くと遠方まで来てしまったものだと実感させられる。
再びバイクにまたがり、一方通行規制が始まった周辺道路を通って、長野大学前の交差点を左折して長野IC方面へと向かう。
途中、上杉謙信と武田信玄が戦った川中島古戦場跡にある八幡原史跡公園へ立ち寄り、数十分ほどビデオカメラを片手に散策。
両雄のお守りを買ったが、ライバル同士だから御利益半減になりそうな気もしつつ、長野ICから再度上信越道に入り、佐久市へ向かう。
2009年9月21日に佐久平駅近くのホテルに鉄道旅行の途上泊まったことがあり、ここもまたバイクで行っておこう、という魂胆である。
上信越道の距離表示で「東京128km」と出てきた時は、2時間足らずで東京へ行けるんだ、と思ったものの、車の多い首都圏へ突っ込むのは危険、というわけで行く予定はないのだが、中部横断道佐久北ICで降り、佐久平駅へ。

写真を撮る前後に、小海線のディーゼルカーが上下線で相次いで駆けていったが、もうあれから3年8ヶ月も経っているわけである。
なお、当時泊まったホテルが「プラザ21」である。

佐久平駅を後にして、西に向かう。
予定よりかなり遅延してきていたため、諏訪大社下社はあきらめ、上社へ直行すべく、国道142号から152号へ。
標高が上がってきたところ、小雨がパラパラと降り出し、途中でカッパ再着用(朝の北陸道で来ていたものの、八幡原史跡公園で脱いでいた)&バッグにビニール袋を覆いかぶせて雨対策を完了し、進んでいくと、入来峠をさらにひどくした感じの峠道にさしかかる。
ギアを落として上りきった先に見えてきたのは、白樺湖であった。
曇天ながら静かに水をたたえるその姿は、とても美しかった。
霧ヶ峰の麓だけに景色も素晴らしいのだが、曇天なのがもったいなかった。
沿線のしゃれたお店に人が並んでいるのを横目に、空腹に耐えつつ南下。
茅野市で多少の交通混雑に出くわすも、予定ルートをほぼ走ってやって来ました諏訪大社。
お参りを終え、駐車場に戻ると、ちょうど静岡県掛川市から50ccのスポーツタイプで来た人と話す機会があり、お互い空腹で時間がないといった他愛のない話をした後、諏訪IC目指して進む。
無事に諏訪ICに入り、中央道を西へひた走る。
最初のSAである諏訪湖SAでざるそば定食を食べて一息つけ、おやきを2つ買ってまたバイクにまたがる。
山間部と異なり、天候は落ち着いており、時折日差しも出てすがすがしく進んでいける状態であった。
岐阜県に入り、土岐JCT付近で5kmの渋滞、というのを目にし、電光掲示板を見るたびに2kmずつ伸び、屏風山PAに着く目前で13kmに伸びた渋滞の最後尾にさしかかり、慌ててトイレ休憩に駆け込んだ。
一息ついた後、意を決して渋滞の末尾に並んだが、意外と時速40km/hは出せており、抜けるのにさほど苦にはならなかった。
小牧JCTであやうく東名へ行きそうになったが辛うじて名神へ進む右車線に入って難を逃れるも、しばらく走ったらまた渋滞。
5km程度で、こちらもゆっくり進めたため苦も無く抜けて、岐阜羽島ICで降り、そのまま近くのスタンドへ。
こちらでも、ナンバーを見て話しかけられたが、宮城県仙台市出身だそうで、東北へ走られませんか、と聞かれた。
予算と日程の関係でしばらく無理っぽい、という話にはなったが、こちらも直江津駅へ行く前に行っていた地域であり、機会があれば行きたいものである。
木曽川沿いの県道をひたすら南下するも、天候が雨に変わった。
名古屋市の方では空が真っ黒で、それでいて日が射し込むため、進行方向左側では虹が5分以上にわたって見られた。
去年の愛媛県走行中もそんな感じだったが、去年と違い、堤防道である県道23号には停車できるような路肩はない。
というわけで、写真を撮ることが不可能な中、木曽三川公園を過ぎて、薩摩義士碑のある治水神社に着いた。




江戸時代の中ごろ、薩摩藩は木曽川流域の氾濫を収めるよう幕府に普請を命ぜられてこの地で堤防を築き上げ、奉行であった平田靱負は多大な出費と犠牲を出したことに責任を取って切腹、その功をたたえる人々が建立したのがこの治水神社なのである。
なお、宝暦治水碑はここから数百メートル先にあるのだが、私はすっかりそのことを失念してしまっており、おやきを食べてそのまま去ってしまった。
というわけで、またこの地に来ることになりそうだが、それはさておき、桑名東ICをめがけて国道258号を南下、すっかり日も落ちかかったところでいよいよ東名阪道に入る。
去年は伊勢からの上り線で、雨も降ってる上に渋滞で酷い展開だったが、今回は渋滞がない下り線で、雨も止んでいる。
快適に南下し続け、上り線の車が止まっている状況を見るにつけ、去年の記憶を思い出しつつ、津ICで降り、津駅の駐輪場へバイクを駐める。
しかし、自転車に乗った若い男の様子がおかしく、駐輪場から出る気配がないため、外へ出て様子を見守ろうとしたら、ヘルメットを落としてしまう。
そして、一方の可動部が割れて外れたことが判明し、少し気が動転しそうになったが、まずはバイク本体に危害が及ばないか様子を見る。
例の男は自転車に乗ったまま近づいてきたようだが、防犯アラームのランプを見て態度一変、しばらくしたら駐輪場から去って行った。
ホテルでチェックインを済ませ、15Fの部屋に一旦荷物を置いた後、半損状態のヘルメットをかぶって、iPadで調べたホームセンター「スーパービバホーム」へ向かう。
津駅から北は渋滞回避の車も走ることから交通量が多く、なかなかスムーズに進んでくれない。
どうにか20:20過ぎに着き、店員にヘルメット売り場の場所を聞くが、品ぞろえはニシムタの比ではない。
しょぼ過ぎて、選択肢は2択であったが、選んでいる場合ではないので、まずまずのものを選んで購入。
ニシムタやA-Zが優秀なのが、県外のホームセンターを見て十分に理解できたが、県外へ住むといろんなカルチャーショックを受けそうである。
ホテル前で有料ながら駐輪OKとのことで、バイクをホテル前へ駐め、部屋で買ったばかりのヘルメットを取り出す。
まさか旅先でヘルメットを買う羽目になるとはびっくりであったが、こんなトラブルもあるから目的地には適度に早い時間に着いた方が良い。
そして、翌日は念願の伊勢神宮参拝に備えて22時過ぎに就寝したのであった。
タグ :2013GWツーリングツーリング
2013年05月07日
2013GWツーリングその2~東尋坊⇒兼六園⇒直江津駅
今日は連休明けの仕事でしたが、古文書のデジタル文書化をやってました。
なじみのある名前も出てくるも、難読漢字ぞろいで一苦労でした。
さて、今回は2・3日目(5/3&4)の東尋坊から兼六園、能登半島を経ての富山、そして直江津駅への旅程について記します。
大勢の人でにぎわう東尋坊を出て、交差点の脱出に時間を要するも、国道305号へ入る。
加賀ICを目指して進むのだが、先行車の名古屋ナンバーの車が妙に遅い。
まあ急カーブもある道なので、安全面ではよいことなのだが、あまり遅くてもいけない。
ゆったり走ることしばし、加賀ICへ通じる道へ一緒に走っていき、北陸道でも同じく金沢方面へ向かう。
が、そこで目にしたのは、それまでノロノロ気味だった先行車が一気に飛ばしていったこと。
多少唖然としつつ、北陸道をひたすら北上する。
しばらく走ると左手に日本海が見えてくる。
平野で開けており、景色を眺めるには絶好なのかもしれないが、法定時速100km/hの道を進む以上は、事故らないように走るので懸命である。
目指す金沢西ICで降り、県道25号を進む。
道なりに走り、案内標識を見て、バイクが駐められる「桜ケ岡口」目指して反時計回りで兼六園の外周を走り、無事一発で駐輪場に駐められた。
そこから広い園内をビデオカメラ片手に見て回るのだが、こちらも人が多い。
磯庭園では、桜島の借景が園内の雰囲気を盛り上げるのだが、こちらにはそのようなものがなく、代わりに至るところに池がある。
植物も多様で、あちこちにテーマに合わせて植えられており、そこは前田家の威信をかけての壮大な庭園造り、といった趣を感じられた。
兼六園を後にする段階で数十分の遅れが発生しており、何としてでも能登半島を回るまでに日没を迎えるのは避けたい、そういう思いで能登有料道路へ向かう。
途中一度だけ道順を確認して、無事に入れたが、少々様子がおかしい。
「有料道路」と冠するからには、料金所があるはずなのだが、それがない。
で、道路名も「のと里山海道」となっており、多くの車が高速道路並み規格の道につき高速で行き交っていた。
どうやら無料化した、ということらしい。
経費節減にはなるのでそのことに感謝しつつ、美しい日本海を眺めながらずっと走行車線を走り続け、途中山間部から一車線になるも快適に走り、徳田大津ICから県道3号を経て国道249号へ。
もはや、ここまで来たら過疎地の快適な国道でしかない。
スムーズに北上し、ツインブリッジのと口交差点から能登島へ通じる広域農道へ入る。
信長の野望・全国版で能登畠山氏プレイに親しんだ者としては、今回の旅程で能登半島を外すわけにはいかなかった。
もう一か所、世界遺産・五箇山へ行きたかったものの、一般道走行距離と名神などの渋滞を鑑み、やむなく今回は外し、その分能登半島半周を実現する、そこに賭けたのである。
まだ夕方、日没が18:30位と予想し、ツインブリッジのとを渡る。
風が吹きつけてくるのが怖いが、爽快である。
ご丁寧にも、その日何台目の通過車両か表示されており、1,033台目、だそうである。
光栄に思いつつ、標識に県道の文字がないのを気にせず、地図ソフトで確認していた能登島南西の狭い道を走る。
先行車の自転車を上りに入ったところで追い抜き、引き続き狭い道を進んでいくと、大きな道に出た。
そこからは能登島大橋やら和倉温泉と書いてある方へ進んでいき、山道を抜けるとやがて前方に能登島大橋に出た。
こちらも風が強く、交通量は多めのため、追突だけに気を付けて、和倉温泉からほど近いところへと出た。
しかし、ここでもまたしても渋滞に巻き込まれる。
この道から和倉温泉駅へは抜け道があったのだが、そんなことにも気付かず時間を浪費。
ようやく和倉温泉駅で列車の写真でもと思ったら、交差点にいる間に七尾線の電車&のと鉄道のディーゼルカーが無情にも相次いで発車していく始末。
というわけで、撮った写真が以下である。


なお、駅構内を写したものの写真の中に、能登島大橋が写っているのがあったのは救いであった。
下手すりゃまた来年かよ、と少々がっくりしつつ、能登半島東側の付け根にある氷見駅方面へと向かう。
もうすっかり日没の時間を迎え、富山湾から吹きつける風は、どことなく寒い。
特に道に迷うことなく南下していくが、すっかり闇夜に覆われた氷見の市街地は、阿久根の3号線沿いと様子が似ていた。
まあ共通するのは港町、ということ位で、他に似ている点はなかったが、氷見駅どこかいなと進んで行ったら、標識に従って無事に発見。
氷見線では「ハットリくん列車」が走っているものの、ご覧の通りこの時間には列車はいなかった。




十数分待てば来たらしいが、この日は昼に牛串1本食べただけで、寒さと空腹でもう富山駅近くのラーメン屋へ駆け込む事しか考えられなかったのである。
というわけで氷見駅を後にし、まっすぐ抜ければ国道160号に出れると思ったら、大間違いだった。
そこだけ山になっていて、抜け道がない。
泣く泣くUターンしてタイムロスとなったが、後は国道8号と県道44号を経由し、富山市街へ入る。
途中、「県庁前」交差点を過ぎた時点で、道を一本誤ったことに気付く。
それでも、次の交差点で一方通行に入り、途中の交差点でバイクを降りて押して目的地のホテルに到着。
ホテルの部屋に荷物を置いて、近くの「麺屋いろは」のラーメンを食べに行く。
地下街に入り、空き店舗が目立つ中、活気に満ちた店内の唯一空いていたカウンター席に座り、味玉ラーメンとぎょうざを注文。
富山ブラックとも言われるそのラーメンは、県外のものでは一番好きな部類に入り、とてもうまい。
ペロリと平らげて、歓楽街を歩いてホテルに戻る。
若者がうじゃうじゃと戯れている姿を横目にしつつ、ホテルでびっくりしたことが1つある。
通常、エッチい番組は1,000円のカードを買わないと見れない、というものなのだが、今回泊まったホテル、なんとタダ。
いろいろ泊まってきたが、こんなところは初めてである。
見たかどうかについては皆様のご想像にお任せしたい。
~5/4~
翌朝、目覚ましを6時にセットしてあり、それよりも30分ほど早く起きて支度。
朝食を摂ってすぐ、ホテルを後にして国道41号を南下。
ずっと進めば名古屋まで行けてしまうのだが、この日の経由地は直江津駅と長野県である。
というわけで、富山ICからまたまた北陸道を東へ進む。
南の山々は雪に覆われており、北に来たことを実感する。
風も穏やかで高速巡航にて親不知・子不知を抜けていく。
このあたりはトンネル26本を抜けていくため、トンネル好きな私も走るのが楽しかった。
なお、寒さが厳しいことは把握していたため、5月なのに真冬以上の最強防寒で挑んでいたが、別段歯がガチガチ鳴るほど寒さにやられはしなかった。
新潟県は上越ICで降り、直江津駅へ向かう。
ここは、過去記事【別ウィンドウで開きます】をご覧いただければ分かると思うが、2012年11月23日に鉄道旅行で一泊した地なのである。
半年ぶりに、今度は遠路はるばるバイクでやってきて西と東の「未成線」を結ぼうという魂胆である。
というわけで、実際に行った証明がこちらの写真。

去年の時はずっと雨だったので、天気も全く違って対照的である。
去年お世話になったホテルハイマートさんも写真に収めている。

北の結節点はつながったが、まだもう一か所、つなげないといけないポイントがある。
それが、2009年9月21日に近隣で宿泊した佐久平駅、である。
北のピークポイントに別れを告げ、いよいよ折り返し地点にかかろうとしていた。
なじみのある名前も出てくるも、難読漢字ぞろいで一苦労でした。
さて、今回は2・3日目(5/3&4)の東尋坊から兼六園、能登半島を経ての富山、そして直江津駅への旅程について記します。
大勢の人でにぎわう東尋坊を出て、交差点の脱出に時間を要するも、国道305号へ入る。
加賀ICを目指して進むのだが、先行車の名古屋ナンバーの車が妙に遅い。
まあ急カーブもある道なので、安全面ではよいことなのだが、あまり遅くてもいけない。
ゆったり走ることしばし、加賀ICへ通じる道へ一緒に走っていき、北陸道でも同じく金沢方面へ向かう。
が、そこで目にしたのは、それまでノロノロ気味だった先行車が一気に飛ばしていったこと。
多少唖然としつつ、北陸道をひたすら北上する。
しばらく走ると左手に日本海が見えてくる。
平野で開けており、景色を眺めるには絶好なのかもしれないが、法定時速100km/hの道を進む以上は、事故らないように走るので懸命である。
目指す金沢西ICで降り、県道25号を進む。
道なりに走り、案内標識を見て、バイクが駐められる「桜ケ岡口」目指して反時計回りで兼六園の外周を走り、無事一発で駐輪場に駐められた。
そこから広い園内をビデオカメラ片手に見て回るのだが、こちらも人が多い。
磯庭園では、桜島の借景が園内の雰囲気を盛り上げるのだが、こちらにはそのようなものがなく、代わりに至るところに池がある。
植物も多様で、あちこちにテーマに合わせて植えられており、そこは前田家の威信をかけての壮大な庭園造り、といった趣を感じられた。
兼六園を後にする段階で数十分の遅れが発生しており、何としてでも能登半島を回るまでに日没を迎えるのは避けたい、そういう思いで能登有料道路へ向かう。
途中一度だけ道順を確認して、無事に入れたが、少々様子がおかしい。
「有料道路」と冠するからには、料金所があるはずなのだが、それがない。
で、道路名も「のと里山海道」となっており、多くの車が高速道路並み規格の道につき高速で行き交っていた。
どうやら無料化した、ということらしい。
経費節減にはなるのでそのことに感謝しつつ、美しい日本海を眺めながらずっと走行車線を走り続け、途中山間部から一車線になるも快適に走り、徳田大津ICから県道3号を経て国道249号へ。
もはや、ここまで来たら過疎地の快適な国道でしかない。
スムーズに北上し、ツインブリッジのと口交差点から能登島へ通じる広域農道へ入る。
信長の野望・全国版で能登畠山氏プレイに親しんだ者としては、今回の旅程で能登半島を外すわけにはいかなかった。
もう一か所、世界遺産・五箇山へ行きたかったものの、一般道走行距離と名神などの渋滞を鑑み、やむなく今回は外し、その分能登半島半周を実現する、そこに賭けたのである。
まだ夕方、日没が18:30位と予想し、ツインブリッジのとを渡る。
風が吹きつけてくるのが怖いが、爽快である。
ご丁寧にも、その日何台目の通過車両か表示されており、1,033台目、だそうである。
光栄に思いつつ、標識に県道の文字がないのを気にせず、地図ソフトで確認していた能登島南西の狭い道を走る。
先行車の自転車を上りに入ったところで追い抜き、引き続き狭い道を進んでいくと、大きな道に出た。
そこからは能登島大橋やら和倉温泉と書いてある方へ進んでいき、山道を抜けるとやがて前方に能登島大橋に出た。
こちらも風が強く、交通量は多めのため、追突だけに気を付けて、和倉温泉からほど近いところへと出た。
しかし、ここでもまたしても渋滞に巻き込まれる。
この道から和倉温泉駅へは抜け道があったのだが、そんなことにも気付かず時間を浪費。
ようやく和倉温泉駅で列車の写真でもと思ったら、交差点にいる間に七尾線の電車&のと鉄道のディーゼルカーが無情にも相次いで発車していく始末。
というわけで、撮った写真が以下である。


なお、駅構内を写したものの写真の中に、能登島大橋が写っているのがあったのは救いであった。
下手すりゃまた来年かよ、と少々がっくりしつつ、能登半島東側の付け根にある氷見駅方面へと向かう。
もうすっかり日没の時間を迎え、富山湾から吹きつける風は、どことなく寒い。
特に道に迷うことなく南下していくが、すっかり闇夜に覆われた氷見の市街地は、阿久根の3号線沿いと様子が似ていた。
まあ共通するのは港町、ということ位で、他に似ている点はなかったが、氷見駅どこかいなと進んで行ったら、標識に従って無事に発見。
氷見線では「ハットリくん列車」が走っているものの、ご覧の通りこの時間には列車はいなかった。




十数分待てば来たらしいが、この日は昼に牛串1本食べただけで、寒さと空腹でもう富山駅近くのラーメン屋へ駆け込む事しか考えられなかったのである。
というわけで氷見駅を後にし、まっすぐ抜ければ国道160号に出れると思ったら、大間違いだった。
そこだけ山になっていて、抜け道がない。
泣く泣くUターンしてタイムロスとなったが、後は国道8号と県道44号を経由し、富山市街へ入る。
途中、「県庁前」交差点を過ぎた時点で、道を一本誤ったことに気付く。
それでも、次の交差点で一方通行に入り、途中の交差点でバイクを降りて押して目的地のホテルに到着。
ホテルの部屋に荷物を置いて、近くの「麺屋いろは」のラーメンを食べに行く。
地下街に入り、空き店舗が目立つ中、活気に満ちた店内の唯一空いていたカウンター席に座り、味玉ラーメンとぎょうざを注文。
富山ブラックとも言われるそのラーメンは、県外のものでは一番好きな部類に入り、とてもうまい。
ペロリと平らげて、歓楽街を歩いてホテルに戻る。
若者がうじゃうじゃと戯れている姿を横目にしつつ、ホテルでびっくりしたことが1つある。
通常、エッチい番組は1,000円のカードを買わないと見れない、というものなのだが、今回泊まったホテル、なんとタダ。
いろいろ泊まってきたが、こんなところは初めてである。
見たかどうかについては皆様のご想像にお任せしたい。
~5/4~
翌朝、目覚ましを6時にセットしてあり、それよりも30分ほど早く起きて支度。
朝食を摂ってすぐ、ホテルを後にして国道41号を南下。
ずっと進めば名古屋まで行けてしまうのだが、この日の経由地は直江津駅と長野県である。
というわけで、富山ICからまたまた北陸道を東へ進む。
南の山々は雪に覆われており、北に来たことを実感する。
風も穏やかで高速巡航にて親不知・子不知を抜けていく。
このあたりはトンネル26本を抜けていくため、トンネル好きな私も走るのが楽しかった。
なお、寒さが厳しいことは把握していたため、5月なのに真冬以上の最強防寒で挑んでいたが、別段歯がガチガチ鳴るほど寒さにやられはしなかった。
新潟県は上越ICで降り、直江津駅へ向かう。
ここは、過去記事【別ウィンドウで開きます】をご覧いただければ分かると思うが、2012年11月23日に鉄道旅行で一泊した地なのである。
半年ぶりに、今度は遠路はるばるバイクでやってきて西と東の「未成線」を結ぼうという魂胆である。
というわけで、実際に行った証明がこちらの写真。

去年の時はずっと雨だったので、天気も全く違って対照的である。
去年お世話になったホテルハイマートさんも写真に収めている。

北の結節点はつながったが、まだもう一か所、つなげないといけないポイントがある。
それが、2009年9月21日に近隣で宿泊した佐久平駅、である。
北のピークポイントに別れを告げ、いよいよ折り返し地点にかかろうとしていた。
タグ :2013GWツーリングツーリング
2013年05月06日
2013GWツーリングその1~鹿児島⇒志布志⇒東尋坊
毎年恒例となりましたGWツーリング、今回はバイクでは初の北陸&信越地方上陸となりました。
これまでに飛行機&JRでは行ったことのある直江津駅と佐久平駅をバイクでつないで、これまでの行動範囲を個々の線から本土を広範囲にカバーする面へと変化させる自己満足目的で、それに付随して沿線の観光地を巡る、という趣旨でルートを選定しました。
5/2PM0:54・自宅(鹿児島)出発、PM2:38志布志港到着【111.8km】
5/3AM8:24・大阪南港出発、PM0:56東尋坊(福井県)、PM3:25頃兼六園(石川県)、PM6:00和倉温泉駅(石川県、ツインブリッジのと&能登島大橋経由)、PM7:06氷見駅(富山県)、PM8:14富山駅近くのホテル【537.3km】
5/4AM6:56・ホテル出発、AM8:38直江津駅前(新潟県)、AM10:15善光寺(長野県)、AM11:10頃八幡原史跡公園(同)、PM0:16佐久平駅(長野県)、PM2:22諏訪大社(上社本宮、長野県)、PM6:33治水神社&薩摩義士碑(岐阜県)、PM8:02津駅そばのホテル(三重県)【666.0km】
5/5AM11:54・近鉄など利用にて伊勢神宮参拝後、ホテル出発、PM1:54法隆寺(奈良県)、PM3:28六甲フェリーターミナル着【170.6km】
5/6AM6:42・大分港出発、AM11:40伊佐市友人宅(宮崎・野尻経由)、PM3:42自宅着【371.8km】
走行距離はフェリー待ちやら渋滞やらで、遠方へ向かうには不利な瀬戸内スルーのため、前年の1,882.2kmより少し短い1,857.5kmと、行った先は最遠で新潟県上越市と遠くとも、少し短いものになりました。
概要は以上なのですが、今回は1・2日目(5/2&3)の鹿児島から志布志、大阪から東尋坊への旅程について記します。
昨年のGWツーリングを終えた段階で、2つの宿題が残っていた。
宝暦治水碑を訪ねることと、門限遅れで参拝できなかった伊勢神宮を参拝すること、である。
これらがあったために、ツーリングを終えて間もなくの2012年5月8日に、今回のツーリングの行程の下地は既に出来上がっていた。
後は宿の確保と、それに合わせてのルート選定調整を1年も前にして残すだけであった。
2013年1月に宿をそれぞれ確保し、3月には船も押さえ、ここに2013GWツーリングの骨格は決まった。
船は、料金割引の条件から2日乗船でなければならず、有休を確保の上、5/2正午、会社勤務を終えると途中コンビニでおにぎりを購入し、自宅で食してから前日に荷造りしておいた荷物をYBR250に収納して、出発。
山田ICから指宿スカイライン、鹿児島ICから九州道、加治木JCTから東九州道と順調に進み、曽於弥五郎ICで降り、県道63号をひた走る。
なお、曽於財部ICから先、志布志の街までは未踏の地である。
ヘアピンカーブが出迎え、大型トラックやらダンプカーが行き交う中を走り抜け、無事に志布志港へたどり着いた。
フェリー乗船手続き待ちの人の行列は大阪南港の比ではなく、私が合間を見て並んだ後も、並び始めた時と同じくらい人が並んでいた。
乗船開始時刻直後に手続きが終わり、フェリーへ乗り込んだが、今回は1Fの奥へと追いやられてしまっていた。
というわけで、車道を歩いて、エレベーターで客室エリアへ移動する。
今回もファーストシングルに泊まり、夕食バイキングはキビナゴのから揚げ&酢豚を比較的多くよそったことが幸いし、かなり満腹状態になってしまった。
念のためコッテリ料理対策用の胃腸薬を持ってきていたため、難は逃れた。
翌朝、イケダパンの長期賞味期限のパンを食し、大阪南港到着から遅れること44分、ようやく出発し、南港中ICから阪神高速に入る。
ひたすら真東に進み、東大阪JCTで近畿道に入り、門真JCTで第二京阪道路へ。
先の久御山南ICから久御山JCTにかけて渋滞と出ており、慎重に進んでいくと、渋滞に突入。
横をすり抜けて久御山JCTから京滋バイパスへ合流するも、そこも渋滞。
横をすり抜けまくり、宇治トンネル手前で渋滞の車列に入り、のろのろ運転を繰り返して渋滞を突破。
しかし、名神の瀬田東ICに入ってもまた渋滞に入り、うまく乗り切ったものの、彦根トンネル手前でパトカーから注意を受ける。
素直にそれに従い、トンネルを抜けたら渋滞は解消されたため、米原JCTより北陸道へと進む。
出発してここまで2時間程度。
渋滞のない道路網構築を願いつつ、北上する。
滋賀・福井両県を隔てる柳ヶ瀬トンネルに入る前、旧北陸本線が使用していたという現在交互通行できるトンネルを目にし、進むが、山を越えると風が少し強くなり、少々ひるむ展開に。
それでも時折進行方向左側に見えてくる日本海を見て、北国にやってきたものだとしみじみしつつ、さらに北上。
トンネル渋滞が時折あり、それに備えて進みつつ、AM11:30頃南庄SAでトイレ休憩。
「牛串」という、鹿児島では聞いたこともないものが売られていたため、400円という値段にひるむことなく1本注文。
これがまたおいしく、また買おうと思いつつ、SAを後にして北へ進む。
丸岡ICで降り、ここまでは事前計画通りより早いダイヤで進むも、土地勘が全くないため、場所確認を1度し、さらに観光地恒例の渋滞に巻き込まれ、東尋坊到着はほぼ予定通り。









岩場をあちこち巡っては、2時間ドラマのラストにふさわしいその眺望に納得し、写真を撮って、ビデオも撮り、さらにはタワーにも上って眺望を見て、次の目的地である金沢市の兼六園へ向かうのであった。
これまでに飛行機&JRでは行ったことのある直江津駅と佐久平駅をバイクでつないで、これまでの行動範囲を個々の線から本土を広範囲にカバーする面へと変化させる自己満足目的で、それに付随して沿線の観光地を巡る、という趣旨でルートを選定しました。
5/2PM0:54・自宅(鹿児島)出発、PM2:38志布志港到着【111.8km】
5/3AM8:24・大阪南港出発、PM0:56東尋坊(福井県)、PM3:25頃兼六園(石川県)、PM6:00和倉温泉駅(石川県、ツインブリッジのと&能登島大橋経由)、PM7:06氷見駅(富山県)、PM8:14富山駅近くのホテル【537.3km】
5/4AM6:56・ホテル出発、AM8:38直江津駅前(新潟県)、AM10:15善光寺(長野県)、AM11:10頃八幡原史跡公園(同)、PM0:16佐久平駅(長野県)、PM2:22諏訪大社(上社本宮、長野県)、PM6:33治水神社&薩摩義士碑(岐阜県)、PM8:02津駅そばのホテル(三重県)【666.0km】
5/5AM11:54・近鉄など利用にて伊勢神宮参拝後、ホテル出発、PM1:54法隆寺(奈良県)、PM3:28六甲フェリーターミナル着【170.6km】
5/6AM6:42・大分港出発、AM11:40伊佐市友人宅(宮崎・野尻経由)、PM3:42自宅着【371.8km】
走行距離はフェリー待ちやら渋滞やらで、遠方へ向かうには不利な瀬戸内スルーのため、前年の1,882.2kmより少し短い1,857.5kmと、行った先は最遠で新潟県上越市と遠くとも、少し短いものになりました。
概要は以上なのですが、今回は1・2日目(5/2&3)の鹿児島から志布志、大阪から東尋坊への旅程について記します。
昨年のGWツーリングを終えた段階で、2つの宿題が残っていた。
宝暦治水碑を訪ねることと、門限遅れで参拝できなかった伊勢神宮を参拝すること、である。
これらがあったために、ツーリングを終えて間もなくの2012年5月8日に、今回のツーリングの行程の下地は既に出来上がっていた。
後は宿の確保と、それに合わせてのルート選定調整を1年も前にして残すだけであった。
2013年1月に宿をそれぞれ確保し、3月には船も押さえ、ここに2013GWツーリングの骨格は決まった。
船は、料金割引の条件から2日乗船でなければならず、有休を確保の上、5/2正午、会社勤務を終えると途中コンビニでおにぎりを購入し、自宅で食してから前日に荷造りしておいた荷物をYBR250に収納して、出発。
山田ICから指宿スカイライン、鹿児島ICから九州道、加治木JCTから東九州道と順調に進み、曽於弥五郎ICで降り、県道63号をひた走る。
なお、曽於財部ICから先、志布志の街までは未踏の地である。
ヘアピンカーブが出迎え、大型トラックやらダンプカーが行き交う中を走り抜け、無事に志布志港へたどり着いた。
フェリー乗船手続き待ちの人の行列は大阪南港の比ではなく、私が合間を見て並んだ後も、並び始めた時と同じくらい人が並んでいた。
乗船開始時刻直後に手続きが終わり、フェリーへ乗り込んだが、今回は1Fの奥へと追いやられてしまっていた。
というわけで、車道を歩いて、エレベーターで客室エリアへ移動する。
今回もファーストシングルに泊まり、夕食バイキングはキビナゴのから揚げ&酢豚を比較的多くよそったことが幸いし、かなり満腹状態になってしまった。
念のためコッテリ料理対策用の胃腸薬を持ってきていたため、難は逃れた。
翌朝、イケダパンの長期賞味期限のパンを食し、大阪南港到着から遅れること44分、ようやく出発し、南港中ICから阪神高速に入る。
ひたすら真東に進み、東大阪JCTで近畿道に入り、門真JCTで第二京阪道路へ。
先の久御山南ICから久御山JCTにかけて渋滞と出ており、慎重に進んでいくと、渋滞に突入。
横をすり抜けて久御山JCTから京滋バイパスへ合流するも、そこも渋滞。
横をすり抜けまくり、宇治トンネル手前で渋滞の車列に入り、のろのろ運転を繰り返して渋滞を突破。
しかし、名神の瀬田東ICに入ってもまた渋滞に入り、うまく乗り切ったものの、彦根トンネル手前でパトカーから注意を受ける。
素直にそれに従い、トンネルを抜けたら渋滞は解消されたため、米原JCTより北陸道へと進む。
出発してここまで2時間程度。
渋滞のない道路網構築を願いつつ、北上する。
滋賀・福井両県を隔てる柳ヶ瀬トンネルに入る前、旧北陸本線が使用していたという現在交互通行できるトンネルを目にし、進むが、山を越えると風が少し強くなり、少々ひるむ展開に。
それでも時折進行方向左側に見えてくる日本海を見て、北国にやってきたものだとしみじみしつつ、さらに北上。
トンネル渋滞が時折あり、それに備えて進みつつ、AM11:30頃南庄SAでトイレ休憩。
「牛串」という、鹿児島では聞いたこともないものが売られていたため、400円という値段にひるむことなく1本注文。
これがまたおいしく、また買おうと思いつつ、SAを後にして北へ進む。
丸岡ICで降り、ここまでは事前計画通りより早いダイヤで進むも、土地勘が全くないため、場所確認を1度し、さらに観光地恒例の渋滞に巻き込まれ、東尋坊到着はほぼ予定通り。









岩場をあちこち巡っては、2時間ドラマのラストにふさわしいその眺望に納得し、写真を撮って、ビデオも撮り、さらにはタワーにも上って眺望を見て、次の目的地である金沢市の兼六園へ向かうのであった。
タグ :2013GWツーリングツーリング