2011年10月31日
3日坊主ならぬ3日無職期間を利用して四国へ赴く(往路)
2006年8月、入社3ヶ月目にしてクビを一旦言い渡され、その後辛酸の日々を送っていましたが、今月上旬に無事転職先が決まり、29日から3日間暇(いとま)を頂戴したことから、【無職時恒例】のツーリングへ、退社当日の夜から30日まで行っておりました。
はっきり言って、完全燃焼で疲れ切っています。
今年のGWツーリングに続いて、また九州帰還が雨だったわけですから。
10月28日、この日は出社最終日ということで、全ての荷物を引き払う準備も整えつつ、前週の23日に熊本まで『なんばん往来』を前もって買っておいたため、それを社員に挨拶しながら配り、最後の引き継ぎも終え、帰宅しようとバイクにまたがったところでワードプレスで作ったサイトのページが開かない問題が発生したという間の悪い展開に。
.htaccessの設定がバージョン変更の影響で異なっていたことが原因だったものの、それに気づくのに手間取り、さらに退社の際に提出する書類を提出していなかったことで帰宅できたのが20時21分のことでした。
急いで荷支度をして、高速道路上に物を落とさぬようネット設置に手間取り、21時1分に出発しました。
夜間帯にかかることから、谷山IC~鹿児島ICと進んだものの、湧水町のあたりで雨が降り出し、吉松PAでカッパを着用します。あとは益城熊本空港ICまで順調に進み、ホテルに着いたのが23時22分。
予約を24時に入れていたので、さらにトラブル対応していたら大変なところでした。
10月29日、朝食が6時半からということで、6時過ぎに起床、和食バイキングを一通り頂戴し、6時51分にホテルを出発、国道57号をひたすら東に進みます。
天気は路面が濡れないレベルのポツポツの雨で、念のためカッパ着用です。
阿蘇の外輪山を越え、波野村を通過中、対向車が追い越しの為私の車線を逆走状態で横を通り過ぎて行きましたが、実に不愉快な展開です。
正面衝突していたら、ただで済みません。
しかも、大分県に入り、竹田市を通過中に再度同じことが。
この地域はしっかり取り締まってもらった方がよさそうです。
国道九四フェリーに乗り込み、乗り場で知り合ったライダー(職業がトラック運転手とのこと)とひたすらツーリング談義とか世間話とかに興じ、事前の予定で5時間睡眠をカバーすべく昼寝する計画がとん挫。
しかし、これから行く足摺岬がかなり時間を要することを知りました。
下船後、八幡浜市へ向かい、そのまま南下。
ここから先は初めて走るため、どの景色も新鮮ですし、予讃線を2000系「宇和海」が走っていく姿を見るに、次来る時はJR四国フリー切符で乗りつぶしたい、そう思えてきました。
四国も観光資源が豊富で、来れば来るほどいろいろな魅力が見つかります。
リアス式海岸に多島海の織りなす景色を見ながら、宇和島道路を経由して高知県は宿毛市までやってきました。
ここまでの区間と、宿毛から土佐清水市及び足摺岬方面が未踏破区間で、高知~宿毛間は退社した会社に入る1か月ほど前に走っています。
宿毛市から国道321号、通称サニーロードで土佐清水市方向へ進んでいくのですが、それまでと異なり、道はほとんど車も走っておらず、快適に進んでいき、足摺スカイラインへそのまま進みます。
ちなみに、黒潮市場で刺身などを美味しく頂けると知ったのが帰宅後のことで、昼飯抜きで足摺岬です。
今回の失敗でした。
県道27号に合流し、足摺岬の入口にバイクを停め、展望台へ向かいます。
室戸岬と違った趣がまたあって、佐多岬と日向市の馬が背が一度で味わえる、といったところです。
稲川淳二氏プレゼンツの心霊ドキュメント『恐怖の現場』でも登場する足摺岬ですが、至って風光明媚な印象を持ちました。
なお、入口にジョン万次郎の銅像が立っています。
また、猫が何匹かいて、なかなか和める時間を過ごせました。
そこから再び国道321号に戻り、四万十市へ。
信長の野望でプレイした方ならどんなところか分かると思うのですが、土佐一条氏のお膝元です。
たいていは長宗我部氏のやられ役を引き受けているようなところですが、土佐の小京都と言われる通り、ちょっと違った雰囲気を持つ街です。
そんな私が取った行動が、すき屋できのこのぺペロンチーノ牛丼を食したこと。
・・・腹が減っては宿泊予定地の琴平へたどり着けません・・・。
昼食兼夕食を摂った後、国道56号を東進していくのですが、黒潮町を抜けかかる頃に雨が降り出し、日没間際に四万十町の旧窪川町役場の手前(Pパラダイス前)でカッパを着こみ、装備万端で再び東進するのですが、予想に反して早い降り始めとなりました。
中土佐町から高知道が通っていますので、ようやく高速道路に入り、ひたすら東を目指します。
高知ICは今回スルーし、南国SAで土産を買いこみます。
ずっと雨ですが、幸いにも高知道はトンネル区間が多く、雨の影響を比較的抑えられつつ、途中事故って事故処理中の赤い軽自動車を横目に慎重に運転を続けつつ川之江東ジャンクションに。
普通、琴平に向かうなら川之江ジャンクションから高松道へ進むのですが、今回のテーマは未踏破区間走破です。
というわけで、あと50km程で着いてしまうのを、150km以上もかけて、徳島・藍住IC経由で高松道の板野IC回りで善通寺ICへ向かいます。
徳島道はジャンクション連続区間を除き、全線暫定1車線の高速道路ですが、さすがに夜20時台ということもあり、車は少なめです。
雨も東に進むにつれてほぼ降らなくなり、安心して夜道を進んで行きました。
高松道も暫定2車線区間が続きますが、高松東ICから先は4車線区間で、夜21時台ということで快適に進んで行きました。
高松市内は市街地もよく見下ろせて、鹿児島ではこんなところないよなぁと思いつつ、高松から西に向かうところの連続90度カーブのライトアップぶりには思わず都会的だなと思いながら、無難に曲がって、誤って瀬戸中央道に入ることなく琴平に着きました。
到着時刻は21時35分で、ホテルチェックインの22時を何とか死守できました。
フェリー乗船が遅かったらアウトでした。
はっきり言って、完全燃焼で疲れ切っています。
今年のGWツーリングに続いて、また九州帰還が雨だったわけですから。
10月28日、この日は出社最終日ということで、全ての荷物を引き払う準備も整えつつ、前週の23日に熊本まで『なんばん往来』を前もって買っておいたため、それを社員に挨拶しながら配り、最後の引き継ぎも終え、帰宅しようとバイクにまたがったところでワードプレスで作ったサイトのページが開かない問題が発生したという間の悪い展開に。
.htaccessの設定がバージョン変更の影響で異なっていたことが原因だったものの、それに気づくのに手間取り、さらに退社の際に提出する書類を提出していなかったことで帰宅できたのが20時21分のことでした。
急いで荷支度をして、高速道路上に物を落とさぬようネット設置に手間取り、21時1分に出発しました。
夜間帯にかかることから、谷山IC~鹿児島ICと進んだものの、湧水町のあたりで雨が降り出し、吉松PAでカッパを着用します。あとは益城熊本空港ICまで順調に進み、ホテルに着いたのが23時22分。
予約を24時に入れていたので、さらにトラブル対応していたら大変なところでした。
10月29日、朝食が6時半からということで、6時過ぎに起床、和食バイキングを一通り頂戴し、6時51分にホテルを出発、国道57号をひたすら東に進みます。
天気は路面が濡れないレベルのポツポツの雨で、念のためカッパ着用です。
阿蘇の外輪山を越え、波野村を通過中、対向車が追い越しの為私の車線を逆走状態で横を通り過ぎて行きましたが、実に不愉快な展開です。
正面衝突していたら、ただで済みません。
しかも、大分県に入り、竹田市を通過中に再度同じことが。
この地域はしっかり取り締まってもらった方がよさそうです。
国道九四フェリーに乗り込み、乗り場で知り合ったライダー(職業がトラック運転手とのこと)とひたすらツーリング談義とか世間話とかに興じ、事前の予定で5時間睡眠をカバーすべく昼寝する計画がとん挫。
しかし、これから行く足摺岬がかなり時間を要することを知りました。
下船後、八幡浜市へ向かい、そのまま南下。
ここから先は初めて走るため、どの景色も新鮮ですし、予讃線を2000系「宇和海」が走っていく姿を見るに、次来る時はJR四国フリー切符で乗りつぶしたい、そう思えてきました。
四国も観光資源が豊富で、来れば来るほどいろいろな魅力が見つかります。
リアス式海岸に多島海の織りなす景色を見ながら、宇和島道路を経由して高知県は宿毛市までやってきました。
ここまでの区間と、宿毛から土佐清水市及び足摺岬方面が未踏破区間で、高知~宿毛間は退社した会社に入る1か月ほど前に走っています。
宿毛市から国道321号、通称サニーロードで土佐清水市方向へ進んでいくのですが、それまでと異なり、道はほとんど車も走っておらず、快適に進んでいき、足摺スカイラインへそのまま進みます。
ちなみに、黒潮市場で刺身などを美味しく頂けると知ったのが帰宅後のことで、昼飯抜きで足摺岬です。
今回の失敗でした。
県道27号に合流し、足摺岬の入口にバイクを停め、展望台へ向かいます。
室戸岬と違った趣がまたあって、佐多岬と日向市の馬が背が一度で味わえる、といったところです。
稲川淳二氏プレゼンツの心霊ドキュメント『恐怖の現場』でも登場する足摺岬ですが、至って風光明媚な印象を持ちました。
なお、入口にジョン万次郎の銅像が立っています。
また、猫が何匹かいて、なかなか和める時間を過ごせました。
そこから再び国道321号に戻り、四万十市へ。
信長の野望でプレイした方ならどんなところか分かると思うのですが、土佐一条氏のお膝元です。
たいていは長宗我部氏のやられ役を引き受けているようなところですが、土佐の小京都と言われる通り、ちょっと違った雰囲気を持つ街です。
そんな私が取った行動が、すき屋できのこのぺペロンチーノ牛丼を食したこと。
・・・腹が減っては宿泊予定地の琴平へたどり着けません・・・。
昼食兼夕食を摂った後、国道56号を東進していくのですが、黒潮町を抜けかかる頃に雨が降り出し、日没間際に四万十町の旧窪川町役場の手前(Pパラダイス前)でカッパを着こみ、装備万端で再び東進するのですが、予想に反して早い降り始めとなりました。
中土佐町から高知道が通っていますので、ようやく高速道路に入り、ひたすら東を目指します。
高知ICは今回スルーし、南国SAで土産を買いこみます。
ずっと雨ですが、幸いにも高知道はトンネル区間が多く、雨の影響を比較的抑えられつつ、途中事故って事故処理中の赤い軽自動車を横目に慎重に運転を続けつつ川之江東ジャンクションに。
普通、琴平に向かうなら川之江ジャンクションから高松道へ進むのですが、今回のテーマは未踏破区間走破です。
というわけで、あと50km程で着いてしまうのを、150km以上もかけて、徳島・藍住IC経由で高松道の板野IC回りで善通寺ICへ向かいます。
徳島道はジャンクション連続区間を除き、全線暫定1車線の高速道路ですが、さすがに夜20時台ということもあり、車は少なめです。
雨も東に進むにつれてほぼ降らなくなり、安心して夜道を進んで行きました。
高松道も暫定2車線区間が続きますが、高松東ICから先は4車線区間で、夜21時台ということで快適に進んで行きました。
高松市内は市街地もよく見下ろせて、鹿児島ではこんなところないよなぁと思いつつ、高松から西に向かうところの連続90度カーブのライトアップぶりには思わず都会的だなと思いながら、無難に曲がって、誤って瀬戸中央道に入ることなく琴平に着きました。
到着時刻は21時35分で、ホテルチェックインの22時を何とか死守できました。
フェリー乗船が遅かったらアウトでした。
2011年10月20日
祝!!ブラック企業卒業正式決定♪
宅建試験を受ける前、仕事の方では様々な動きがありました。
その中で、去年面接を受けた後も、同業他社とも言うべきところから、ぜひ来てほしいとお誘いを受け、その他紆余曲折の末、ついに今日の面談で正式内定を獲得、退社翌日の来月1日に採用となりました。
離職率60%、1年継続率20%、5年継続率4%をよく、くぐり抜けてこれたなと、自分をほめてやりたい、そんな心境です。
待遇面は去年応募時の条件よりも3割低い現状維持で決まりましたが、非ブラックであり滅多に求人を出さない、休日は毎月第二・四・五土曜日に増え、年間休日が7x日⇒100日程度に拡大する、と考えれば、実質給料アップですし、何の不満もありません。
入社してからの実績がものを言う、そう思います。
現在引き継ぎに入っていますが、クライアントからは残念とか、淡々と受け止める向きとかあるのですが、よく聞かれるのが「お宅は入れ替わりが激しいね」という言葉です。
・・・どうにかできていれば、苦労はしないのですが。
そう言えないのも辛いところです。
今週末からクライアント訪問に入りますので、その時にいろいろと話をしておかねばと思います。
退社日は今月末であるものの、最後の意地で有休を2日もらいました。
(本当は28日余ってて、いっそ全て使いきる選択もありましたが、転職先にご迷惑をおかけしますので自粛しました。)
天候が酷くない限り、四国一周に赴きます。
今まで走っていないのが宇和島市の南北、高松市から南国市までの東海岸ですので、ここを全て埋めます。
ちなみに、今日交通シミュレーションゲーム「シティーズ・イン・モーション with トーキョー」を注文しました。
日曜日に届く予定ですが、資格試験も当面ないことですし、しばらくはゆっくり過ごします。
その中で、去年面接を受けた後も、同業他社とも言うべきところから、ぜひ来てほしいとお誘いを受け、その他紆余曲折の末、ついに今日の面談で正式内定を獲得、退社翌日の来月1日に採用となりました。
離職率60%、1年継続率20%、5年継続率4%をよく、くぐり抜けてこれたなと、自分をほめてやりたい、そんな心境です。
待遇面は去年応募時の条件よりも3割低い現状維持で決まりましたが、非ブラックであり滅多に求人を出さない、休日は毎月第二・四・五土曜日に増え、年間休日が7x日⇒100日程度に拡大する、と考えれば、実質給料アップですし、何の不満もありません。
入社してからの実績がものを言う、そう思います。
現在引き継ぎに入っていますが、クライアントからは残念とか、淡々と受け止める向きとかあるのですが、よく聞かれるのが「お宅は入れ替わりが激しいね」という言葉です。
・・・どうにかできていれば、苦労はしないのですが。
そう言えないのも辛いところです。
今週末からクライアント訪問に入りますので、その時にいろいろと話をしておかねばと思います。
退社日は今月末であるものの、最後の意地で有休を2日もらいました。
(本当は28日余ってて、いっそ全て使いきる選択もありましたが、転職先にご迷惑をおかけしますので自粛しました。)
天候が酷くない限り、四国一周に赴きます。
今まで走っていないのが宇和島市の南北、高松市から南国市までの東海岸ですので、ここを全て埋めます。
ちなみに、今日交通シミュレーションゲーム「シティーズ・イン・モーション with トーキョー」を注文しました。
日曜日に届く予定ですが、資格試験も当面ないことですし、しばらくはゆっくり過ごします。
2011年10月16日
宅建試験、痛恨のボーダーライン上
2010年11月からスタートした資格取得シリーズのフィナーレを飾る、第6弾・宅地建物取引主任者資格試験、今日昼過ぎに行われました。
これまでの試験と異なり、午後スタートということで、朝はゆったりと過ごせましたが、ゴーゴーカレーでやや早めの昼食を摂り、試験会場となる鹿大へ赴きます。
学祭も来月ということもあり、合唱の練習をしている光景に出くわしつつ、工学部は情報棟に赴きます。
学生時代も含めて、工学部の建物に入るのはこれが初めてのことです。
一通り参考書類に目を通した後、いよいよ試験が始まったわけですが、2時間で50問とは言え、どの問題も頭を使わないといけないだけに、選択肢を消しながら正答を導いていきます。
悩ます民法を後回しにし、昨今の統計を軽く片づけてから法令上の制限、民法、業法の順に解いていき、100分を経過した時点で?マーク5問を含めた見直しも全て終了し、15時過ぎに退出しました。
先程住宅新報社の解答速報を見て自己採点してみましたが、民法はよくできていたものの、他で所々玉砕、34問正解(正答率68%)で、合格ラインとされる70%に、1問分及びませんでした。
2択にして散った個所も何箇所かあり、これまで受けてきた試験と比べていかに学習範囲が広いか、その恐ろしさをまさざまと見せつけられた、そんな気がします。
過去10年で合格点が35点を超えているのは3年に1度の頻度であり、6割の確率でぎりぎり滑り込めるというデータが出ていますが、8割の40点以上を狙っていただけに、この結果は不本意であり、残念であります。
現段階では合格点が何点かは不明です。
しかし、ここまで善戦できたことを素直に受け入れつつ、11月30日の合格発表を待ちたいと思います。
もう6連勝などどうでもよくなってきました。
誤ったところをしっかりと見直し、間違えないようにせねばと思います。
これまでの試験と異なり、午後スタートということで、朝はゆったりと過ごせましたが、ゴーゴーカレーでやや早めの昼食を摂り、試験会場となる鹿大へ赴きます。
学祭も来月ということもあり、合唱の練習をしている光景に出くわしつつ、工学部は情報棟に赴きます。
学生時代も含めて、工学部の建物に入るのはこれが初めてのことです。
一通り参考書類に目を通した後、いよいよ試験が始まったわけですが、2時間で50問とは言え、どの問題も頭を使わないといけないだけに、選択肢を消しながら正答を導いていきます。
悩ます民法を後回しにし、昨今の統計を軽く片づけてから法令上の制限、民法、業法の順に解いていき、100分を経過した時点で?マーク5問を含めた見直しも全て終了し、15時過ぎに退出しました。
先程住宅新報社の解答速報を見て自己採点してみましたが、民法はよくできていたものの、他で所々玉砕、34問正解(正答率68%)で、合格ラインとされる70%に、1問分及びませんでした。
2択にして散った個所も何箇所かあり、これまで受けてきた試験と比べていかに学習範囲が広いか、その恐ろしさをまさざまと見せつけられた、そんな気がします。
過去10年で合格点が35点を超えているのは3年に1度の頻度であり、6割の確率でぎりぎり滑り込めるというデータが出ていますが、8割の40点以上を狙っていただけに、この結果は不本意であり、残念であります。
現段階では合格点が何点かは不明です。
しかし、ここまで善戦できたことを素直に受け入れつつ、11月30日の合格発表を待ちたいと思います。
もう6連勝などどうでもよくなってきました。
誤ったところをしっかりと見直し、間違えないようにせねばと思います。