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yochi
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↑2001年10月・鹿屋市の寿北小学校での教育実習風景より

教員免許を小中高取ったはよかったものの、平成の間は教採一次試験が一度も合格できず・・・。
そんな管理人は、パワハラがはびこる三流○○ック企業で5年半に渡り数々の辛酸をなめた後、招聘された印刷会社のWEB部門で2013年3月に1級ウェブデザイン技能士を取るなど2年間在籍して成長を遂げた後、結構有名な会社に課長職も含め9年弱勤務。
が、定期昇給が無く、頑張り甲斐が無くなったので、元部下の話から教採を15年ぶりに受け始め、令和になって毎年二次試験まで進出できるように。教員免許の追加取得に向けて通信制大学で学び、免許の取得の条件が「人物に関する証明書」の取得で、二次試験落ちから考えられる実地経験の必要性から18年ぶりに臨採教員に復帰。
そして令和6年度から正規教員として勤務開始。
国の宝の子どもたちの育成のため、これまでの経験を活かして頑張ります。
~~所有国家資格~~
【1級ウェブデザイン技能士】
【基本情報技術者】
【2級ファイナンシャル・プランニング技能士(個人資産)】
【乙種危険物取扱者(第4類)】
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Posted by チェスト at

2022年10月31日

国家公務員試験・就職氷河期世代【2022】の自己採点結果がすごすぎた件について

今月は、前半に北海道へ旅し、終盤で国家公務員試験(就職氷河期世代)を受けに福岡市は中村学園大学に赴いた次第でしたが、よく財政が持ちこたえられているものだと我ながら感心します。

試験内容は、国語4問、英語3問、数学11問、統計2問、時事4問、自然科学3問、社会科学13問の計40問で、制限時間は90分、言語7問はかなり時間を要するので、前から順番に解いて数学完了時点で残り40分を切っていましたので、だいぶ焦りましたが、社会科学は急ピッチで解答でき、15分ほど残して問題を解き終えました。
言語関係は昔の大学センター試験で7割の得点でしたから半ば適当だったわけですが、今日基礎能力試験問題の正答番号が公開されましたので、7割程度の出来だろうと思いながら採点してみたら、以下の結果になりました。

正答数/問題数
国語3/4
英語2/3
数学11/11
統計2/2
時事4/4
自然科学2/3
社会科学11/13

計35/40

言語7問のせいで確実に正解できた社会科学1問を焦りで落としてしまってますが、ほぼ87点で、作文試験次第で合格が見えました。
作文試験は625文字の原稿用紙ギリギリまで文章を書けましたので、内容さえ評価されれば、恐らくはいい結果になると思います。

言語関係の結果が昔の大学センター試験程度でしたから、傷口は浅くて済みました。
数学・統計も時間がかかるものでしたが、これらはきちんと計算したり読み解いたりして正答を導き、時事問題は、消去法で確実に正答を導きました。
社会科学は、地理・歴史は得意につき、やらかした1問以外は完答できましたが、最終問題の哲学については、教育心理が混じっていたことで、辛うじて正答を導けました。
現役教員としてはラッキーな展開でした。  


Posted by yochi at 22:07Comments(0)近況

2022年10月14日

ついに齢43にして高校情報科教員免許を取得する

勤務先での合唱コンクールのリハーサルでは、学校を東奔西走する有様で、鹿屋在住時にジム通いしていてよかったと思いつつ、解決すべき点も見つかって早期に対処できています。

さて、先月懸案であった「人物に関する証明書」が学校長より交付され、教育職員免許法第六条別表第四に基づいて教育職員検定の申請を行った結果、ようやく高校情報科の教員免許を取得できました。
私が鹿児島中央高校の生徒だった時分には、「情報科」自体存在せず、鹿児島南高校の「情報処理科」や鹿児島情報高校の「情報システム科」等に進んで触れる専門学科としての存在だったわけですので、私自身は「情報科」の授業を受けたことは一切ありません。

1984年頃にマイコンブームが到来した際に自宅が電器店だったこともあってパソコン(日立ベーシックマスターレベル3マーク5)があり、昭和の幼稚園児にして、友達を誘ってゲームで遊んだ猛者でもありました。
1991年に往時組織していた軍団の家来に加えた友人の一人が、今のWindowsの原型であるMS-DOSマシンが家にあり、それでゲームをして遊びにたびたび出かけるようになってからパソコンが欲しいという願望を持ち始め、2000年12月にWindows98 SEのDOS/V機を購入しました。
以後、パソコンを延べ5台購入しています。

WEBサイトを2000年12月に組み始めたのが今の個人サイトの走りであり、そこからWEBデザイナー・クリエイター・エンジニアの道を2006年6月以降今年の夏まで16年ほど歩んでいます。
延べ月商は26億円以上になります。
前職が月商2,000万円以上でしたから、数十億円規模になります。
機能開発もいくつかこなしていますから、WEBの実務経験は豊富です。
昨年秋に入学した情報系課程のある通信制大学の成績もよく、取りこぼしも一切なく、妥当な結果と言えるでしょう。

こんな実績を引っ提げて、令和になって高校情報科の教員免許を取得している次第ですが、専門性では実践で培った強みがありますので、来年度以降はこちらでも仕事ができます。  

Posted by yochi at 21:30Comments(0)近況

2022年10月11日

【第5回】北海道旅行記2022(後編)~だれだ、ペンギンが飛ばない鳥だと言ったのは~

(前編はこちら)

北海道旅行3日目、私の休みは翌日まであったが、1ヶ月前の予定変更につき、帰りの航空券が高くつくので泣く泣く日曜日で帰宅する日程とした。
天候は翌日悪い旨テレビで流れていたので、半ば開き直る。

ホテルの朝食を摂り終えた後、向かうは旭川駅前のバス停。
旭山動物園行きは6番乗り場から出発する。
8時40分のバスでちょうどよい時間に動物園に着くのだが、3連休の中日で天気が良いとくれば、バスも混むだろうし、動物園も混むだろうと予測、1本早い8時10分発のバスに乗り込み、旭山動物園に向かう。
なお、SUICA等のICカードは使えないので、整理券を取って乗る。

スイスイ進んで定刻よりも10分近く早く動物園に到着する。
2人分まとめて払う場合は、運転手に申告する必要があり、操作の後、紙幣を両替用のところに入れて支払い完了となる(500円×2人のため)。
入場券購入の列に並び、9時前に駐車場が解放され、続々と車での来園者が列に並ぶ。
直前に着くバスが来る頃には敷地の半分くらいまで行列ができており、すごい人気である。

9時15分にチケット売り場が先行して営業を開始し、開園は定刻の9時30分。
コインロッカーに荷物を預け、事前に印刷していた園内マップを元に、反時計回りに番号順に動物たちに会いに行く。
友人はコクチョウに驚き、目玉の一つであるぺんぎん館に入るが、ペンギンは水中で軽やかに飛んでいた。
確かに、ペンギンは空中を飛ぶ鳥類ではない。
しかし、水中では見事な飛行ぶりである。
一番鮮烈な印象を残した。

続くあざらし館でも、テレビで見たような管を行き来する姿を期待していたが、残念ながら朝早すぎて日向ぼっこするくつろぐ姿で終了した。
もうじゅう館では、ひょうが動物園に飽きてやる気なく寝ころんだライオンを鉄格子ごしにひたすら狙うような下剋上のしぐさを見せていた。
えぞしかの森では、前日仲間が少なくとも3頭列車にはねられ犠牲になったことが頭の片隅をよぎるも、堂々たる雄姿を間近に見ることができた。
ほっきょくぐま館では、鹿児島の平川動物公園では見られなくなったホッキョクグマに出会え、えぞひぐま館では、新鮮なフンや痕跡を見て、どう猛な一面を間近で観察することができた。

てながざる館では、何に興奮したのか、てっぺんでひたすら大声で鳴くテナガザルが目撃された。
さる山では、ニホンザルがケンカして追いかけっこする様子や、毛づくろいで上下関係を垣間見ることができた。
なお、行った時には知らなかったが、母親が数日前に亡くなったキリンにも会えた。
見物客が多かったので、ニュースを見て心配になって見に来たやさしい人たちだったのだろうと思われる。

かくして、全て見終わったが、時計の針は11時を回っていた。
90分で回るのは大変である。
タクシーを11時10分で呼んでいたので、11時5分過ぎに旭山動物園を後にするが、タクシーに乗って東旭川駅まで。
旭川駅に戻るバスは11時ちょうどの発車なのだが、旭川駅前着は11時50分と案内されている。
一方、東旭川駅を11時27分に発車する普通列車では、旭川駅に11時40分に到着する。
飛行機に乗れるまでに新千歳空港に戻れる最終の特急列車・ライラック号は正午ちょうどの発車なので、自由席の確保と乗り換えの簡便さ、タクシー代が1,300円程度であることを踏まえれば、遅くまで残れて、タクシー代もバス代より少し割高程度で済むタクシーによる東旭川駅ルートの方が楽、ということでこちらを選択した。
石北本線の普通列車は便が悪いのだが、この時ばかりはいい時間に列車がいた。

東旭川駅には11時10分と早々に着いてしまい、あと10分遅く動物園にいてもいいくらいだった。
旭川行き列車は定刻で動いており、旭川駅に11時40分に戻って、特急ライラック号に乗り換える。
ゆとりがあれば、岩見沢駅で降りて野幌駅まで行き、先月末まで在籍していた大学を見に行くのも選択肢にあったのだが、ギリギリで戻る行程につき、それはできないのでまっすぐ札幌駅まで行く。
この行程で初の札幌市入りだが、間髪入れずに快速エアポート号に乗り込んで新千歳空港を目指す。
札幌市街に行かない北海道旅行をするようになれば、北海道旅行に慣れた旅の上級者と言えるかもしれない。

ここで、同行する友人から衝撃告白を受ける。
なんと結婚したい相手がいるという。
鹿児島中央高校入学時以来の付き合いだが、臆することなくめでたいことではないか、よかったと声をかけた。
いろいろと不安な要素があるようで、まだプロポーズはしていないとのことだったが、両親に顔合わせでもやるもんだと伝えておいた。
歳も歳だし、変なことは言わんだろと安心させておいたが、ケチな彼を踏まえ、入籍すれば扶養に入れられるから、税金が2/3くらいに減るのではとアドバイスも付け加えた。

3年ぶりに企画する宿泊型忘年会への参加は見送るとのことであったが、いきなり見知らぬ土地に来て、見知らぬ男3人に囲まれるのは怖いものがあるだろう。
当方にそんな趣味は一切ないのだが、3年ぶりの北海道旅行に付き合ってもらった手前、ことの推移を見守る選択をした。
守る者ができると、自ずと覚悟も決まるものだろうと外野を決め込む次第であった。

新千歳空港に着き、搭乗する飛行機の出発まで40分少々しかない。
出発ロビーに移動し、航空券を乗り継ぎ対応に変更し、荷物を預けて残り35分。
友人は土産を買うということで少々時間を消費し、保安検査場は25分前に通過。
かなりの強行日程である。
飛行機に乗り込み、経由地の羽田空港に到着。
友人と諸々話した後、往路でも通った乗り換え口に進み、そこで解散となった。

夕飯にトンカツサンドを食べ、地元に戻り、駐車料金を精算し、帰宅したのが21時15分。
次はレンタカーで回るかと考えている。  


Posted by yochi at 18:50Comments(0)旅行記

2022年10月10日

【第5回】北海道旅行記2022(前編)~成り行きで向かう先にFF7の世界の一部があった~

2019年は、コロナ禍になる直前の年で、この時は北海道東部を回っていました。
1日目
2日目
3日目

この時は根室と留萌が主な目的地でしたが、今回の旅は、私と友人がそれぞれ帰路に就いた地点を拠点に観光する日程で巡りました。
【1日目(10/7)】
九州→羽田空港→新千歳空港→釧路(前回における友人の撤収地点)

【2日目(10/8)】
釧路湿原観光→ノロッコ号乗車→川湯温泉近辺巡り→旭川(前回における私の撤収地点)

【3日目(10/9)】
旭山動物園→新千歳空港→九州

タクシーも2回使いましたが、原則鉄道乗りまくりで、新千歳空港駅を拠点に一周しました。
途中エゾシカと列車が接触するトラブルもありましたが、日程に影響せず、無事終了しています。
というわけで、本日は2日目旭川の夜までを記します。


勤務先の学校行事の関係で春に立てた計画を先月見直し、費用がかさみ、鉄路で再度釧路に向かう日程になりつつも、コロナ禍で溜まっていたマイルの有効期限がこの秋までだったことを踏まえて一大決心し、出発する前日、学校の飲み会があった。
ビール3杯、焼酎ロック4杯を飲み、近年にない酔いつぶれぶりではあったが、22時過ぎには帰宅できた。
が、やはり飲み過ぎたか、翌朝緑茶を飲んでも吐き、パンを食べても吐く。
最悪なグロッキー状態ながらも、アルコールは抜けており、空港に車を停め、飛行機に乗り込む。
機内のりんごジュースで、何とか吐しゃは止まった。

羽田空港で乗り継ぎ便の待ち時間でシウマイ弁当を買い、その味に納得しつつ、北の大地に飛んでいく。
新千歳空港で先行して着いており、千歳水族館観光を済ませた友人と落ちあい、土産を買って自宅発送を片付けてから、南千歳駅で特急おおぞらに乗り込む。
金曜日の午後なので、自由席でも座れた。

新得まででも3度ほど乗った区間なので、すっかり飽きており、時折寝る。
朝がグロッキー状態であればこそである。
18時39分に釧路駅に到着し、ホテルにチェックインする。
夕食は何も考えていなかったが、釧路は有数の漁港であることくらいは知っている。
定食屋をピックアップして、「むらかみ食堂」に足を運ぶ。
同行する友人がケチなたちなので、初日は費用を抑えめにしようと配慮した面もあるが、漁港のある町なら和食を食べたいという妥協の結果だった。

メニューを見て驚いた。
FF7のミッドガル・ウォールマーケットにある「薬屋商品クーポン」がもらえる定食屋(めし処)で選択できるメニュー3品が並んでいたからだ。
「焼肉定食」「刺身(さしみ)定食」「おすすめ定食」と並んでいたので、「刺身定食」にしようと思ったところで、奥にも季節のメニューがあり、そちらが良さそうだと友人と同じく秋鮭定食を注文し、刺身も1皿単品で追加した。
そもそもここは現実の釧路だし、都会の定食屋ではないから、これで良いのである。
老舗の定食屋だけに味も文句なく、友人も満足していた。
帰りにコンビニに立ち寄り、酒類(※私はノンアルコールビール)と軽いつまみ、アイスクリームを購入してホテルに戻り、22時に就寝した。


翌日、天気はさほど気にする必要のない小雨。
釧路湿原でカヌー下りを予定していたが、業者から天候がイマイチだからキャンセルを勧められ、やむなくキャンセルした。
ノロッコ号乗車まで午前中何もすることもないのはいけないので、代わりに以前廃案となっていた釧路湿原のタクシー観光をすることにし、電話して予約する。
ケチな友人は微妙な表情であったが、3時間も時間をつぶすことは無意味であることは、前々回の洞爺湖観光からの室蘭市での3時間の使い方で学習していないといけない。

釧路駅で車内誌で読んだ「蝦夷かにめし」を購入し、友人は前回お世話になったおにぎり屋でおにぎりを購入し、駅前からタクシーで釧路湿原を見て回る。
まずは釧路市湿原展望台に行き、小雨の中湿原を見る。
あまりいいシチュエーションではなかったが、車内での運転手氏との会話で夜から早朝にかけてはエゾシカが周辺にわんさかいて車で通りたくないことが印象に残った。

次に細岡展望台に行き、こちらでは雨も上がり、天候が回復途上であった。
タンチョウが数羽飛び、ワシにトンビが飛ぶ風景、そして釧路川が作った風景にしばし見とれていた。
最後に細岡ビジターズラウンジに立ち寄り、フォトカード等を購入する。
細岡駅で下車するが、釧路町の観光タクシー補助金のおかげで2時間1.3万円のところ、1人3千円の補助とのことで、7千円で済んだ。
ケチな友人もこれには満足していたが、カヌー下りだったらそうもいかない。

細岡駅からノロッコ号に乗り、向かうは川湯温泉駅。
今年2回の延長運転のもう1回がこの日であった。
日程変更して指定席券を入手できたのはラッキーだった。

標茶駅で歓迎を受け、記念品をもらい、牛乳やらの乳製品、お菓子、大鵬せんべいを買い、川湯温泉駅に13時半過ぎに着く。
ここで釧路駅で購入した昼飯を食べ、次の網走行き列車が来るまで2時間近く待ち時間があるということで、川湯温泉で入浴をしようと決めた時には無情にもバスが発車していった。
というわけで、美留和駅付近を通過した際に漂っていた硫黄の臭いのもととなる「硫黄山(アトサヌプリ)」まで1.5kmと近いことから、歩いて向かう。

キャリーバッグはリュックモードに切り替え、「青葉トンネル遊歩道」が近道ということで進むが、ヒグマに遭遇したらまずいような道を進む。
森林を抜けた先に砂地が現れ、硫黄山ネイチャーホールにたどり着く。
そこから視界の先に見える硫黄山からは、煙が立ち上っていた。
行き着く先を目指してさらに進んでいく。
徐々に進むと、「シュー」と蒸気が噴き出る音が大きくなっていく。
ふと、FF7に登場する「北の大空洞」を思い出した。
今いるのは地上だが、北の大空洞では所々で蒸気が噴出しているし、ジェノバも「プシュー」と現れる。
硫黄の結晶もできているし、「マテリア」が生成されている現場のようにも感じられる。
ま、北の大地なのだから、そんな感覚になってもよいのだ。
何の期待もなく、成り行きで向かった場所ではあったが、友人ともども大自然が織りなす風景にしばし見とれていた。
弱々しく噴気を出している蒸気吹き出し口に手を近づけてみたが、それでもかなりの高温であった。

硫黄山ネイチャーホールで土産を買い、帰りは青葉トンネル遊歩道を避けて普通の道を下って川湯温泉駅に戻る。
網走行き普通列車は土曜の午後ということもあり、ほぼ満席の状態ではあったが、何とか座れた。
携帯の電波が届かない箇所もあったが、網走駅で特急オホーツクに乗り換える。
網走滞在たったの7分ではあったが、この地には次回観光で来ようと考えている。

私の鉄道未踏区間は、釧網線全線と石北線全線であるが、今回の旅程で観光タクシーで乗らなかった釧路~細岡間以外は全て制覇することになる。
遠軽駅での方向転換が済むまでは寝れないと思いつつ、真っ暗な中を列車は進んでいくが、常紋トンネルを抜けて、生田原駅停車のアナウンスが始まり、減速し始め、アナウンスが終わった直後に急に列車が停止した。
駅に着くには少し早いと訝しんでいたら、車掌からアナウンスが入る。
「シカと列車が接触したために安全点検を行う関係で生田原駅手前で停車しています」
その時Googleマップで停車地点を見ていたが、市街地と畑の間で、人家がすぐそばに見える場所であった。
住宅地のすぐそばに鹿が現れることにも驚いたが、当初計画していた松尾ジンギスカン旭川支店での夕飯は露と消えた。

その後運行再開したが、遠軽駅で補修作業のため停車し、出発は定刻の23分遅れであった。
この日は下り列車も2回シカと接触したようで、踏んだり蹴ったりではあるが、乗り継ぐ列車がないので、夕飯だけ代案を考えないといけない。
日没後のシカには注意である。

スペイン料理でパエリアとしゃれこむか、ビーフシチューか、焼肉かと思案しつつ、旭川駅には定刻の15分遅れで到着。
宮崎市で進出反対の立て看板が目に付く新興宗教施設前を歩いてホテルにチェックインする。
その後少し遅くなった夕飯を摂りに出かけ、向かった先は焼肉店。
牛カルビとジンギスカンを生ビールとともに頂くが、ジンギスカンは美味で絶品でおかわりするほどだった。

大満足してホテルで23時半に就寝した。
(3日目に続く)  


Posted by yochi at 18:41Comments(0)旅行記