2012年11月26日
怒涛の東北周遊~鉄道旅行2012・1日目(前半)
まだ盛暑まっただ中の7月下旬。
11月が3連休であることを踏まえ、東日本大震災の被災地の現状を現地で見てみたい。
その思いに駆られ、ウィークエンドパスが使える範囲で巡れる南東北と新潟の未踏の両地域を周遊することをテーマに行程を立案、航空券の先行予約が始まった7月31日を迎えた時には、ウェブデザイン技能検定1級受検も組み入れた3泊3日の行程が出来上がっていた。
そして4ヶ月程経過した11月22日、会社が終業したと同時にバイクでバス停へ移動し、空港バスで鹿児島空港へ移動。
黒豚わっぜぇか丼をおいしく頂戴している中、ガラスの向こうの本コーナーに前職で在籍していた小中学校の後輩らしき人の姿が。
真偽はさておき、出だしから妙なこともあるものだと思いつつ、定刻にソラシドエア(SNA)で鹿児島を後にする。
航空管制ゲームをやっている関係で今現在がどんな状況か思い浮かべつつ、予定より15分早く羽田入り。
しかし、SNAを含むANAの鹿児島便のスポットはかなり遠いところにあることが多い。
ただし、今回は通常の出張と異なり手荷物を預けているため、手荷物受取所に着いて間もなくターンテーブルが動き出し、荷物を回収するに至った。
モノレール浜松町経由で休前日の23時台の山手線は混雑が激しく、宿泊地の上野で降りると同時にどっと乗客が降りた。
東北縦貫線が必要な理由がよく理解できた。
既に23時半を過ぎていたため、えきねっとで予約していた指定席券&グリーン券の引き換えができず、ウィークエンドパスの購入をした後、地下鉄駅経由で地上に渡り、少し道に迷いかけながらもiPadで正しいルートを確認して、無事にホテルに着いた。
なお、立地優先でホテルを予約していたため、隣室の騒音の影響を受け、就寝は1時半という有様であった。
翌朝。
指定席券&グリーン券引き換えが最優先であるため5時に起床。
2002年盆の青春18きっぷによる2泊3日鉄道旅行では、鹿児島から宮崎へ深夜バイクで移動し、4時間半就寝だったことはあったが、その記録を更新してしまった。
まあ、先月から列車に乗り遅れる夢を2度見ていたこともあり、台無しにするわけにはいかないという気持ちだけでうまく立ち回れた。
無事上野駅で券の購入を終え、5時47分に入場。
新幹線ホームへ入るのは初めてで、長いエスカレーターを下りきり、この日は臨時列車で1本先発であのE5系&E3系の併結運転が行われる、というわけで、その模様をビデオカメラで収録。
その後入線したE2系やまびこ51号に乗り込むと、隣席が若い女性で寝不足由来のローテンションも回復。
ただ、その後駅弁を食べ始め、「若い女性がこんな早朝6時過ぎから駅弁食うのか?」と思いつつも車窓を眺めていた。
鉄道博物館がある大宮までは新幹線に乗ったことはあるが、ここから先は初めてである。
小山駅から北は未踏であり、景色に目を凝らす。
東北の墓地には特徴があり、黒御影石が主流である。
西日本の墓地は凝灰岩由来の灰色が多いが、東北では黒い墓石が目立つ。
地質が異なるからなのかは分からないが、関東ローム層のような赤さを含むようでは墓石には向かず、黒御影石になるのも納得できる。
震災の影響を感じることなく福島県を抜け、宮城県は古川駅で下車。
新幹線が走り去る景色をビデオカメラに収めた後、陸羽東線に乗り換え小牛田駅へ向かう列車に乗ろうとすると、駅員が誤誘導。
発車間近にして反対方向の列車に乗ってしまうところであったが、事なきを得て間もなく出発。
5分乗り換えで悠長に動画撮影するのは危ないと思いつつ、小牛田駅で石巻線普通列車に乗り換え。
いよいよ、被災地へ足を踏み入れる時が近づいていた。
11月が3連休であることを踏まえ、東日本大震災の被災地の現状を現地で見てみたい。
その思いに駆られ、ウィークエンドパスが使える範囲で巡れる南東北と新潟の未踏の両地域を周遊することをテーマに行程を立案、航空券の先行予約が始まった7月31日を迎えた時には、ウェブデザイン技能検定1級受検も組み入れた3泊3日の行程が出来上がっていた。
そして4ヶ月程経過した11月22日、会社が終業したと同時にバイクでバス停へ移動し、空港バスで鹿児島空港へ移動。
黒豚わっぜぇか丼をおいしく頂戴している中、ガラスの向こうの本コーナーに前職で在籍していた小中学校の後輩らしき人の姿が。
真偽はさておき、出だしから妙なこともあるものだと思いつつ、定刻にソラシドエア(SNA)で鹿児島を後にする。
航空管制ゲームをやっている関係で今現在がどんな状況か思い浮かべつつ、予定より15分早く羽田入り。
しかし、SNAを含むANAの鹿児島便のスポットはかなり遠いところにあることが多い。
ただし、今回は通常の出張と異なり手荷物を預けているため、手荷物受取所に着いて間もなくターンテーブルが動き出し、荷物を回収するに至った。
モノレール浜松町経由で休前日の23時台の山手線は混雑が激しく、宿泊地の上野で降りると同時にどっと乗客が降りた。
東北縦貫線が必要な理由がよく理解できた。
既に23時半を過ぎていたため、えきねっとで予約していた指定席券&グリーン券の引き換えができず、ウィークエンドパスの購入をした後、地下鉄駅経由で地上に渡り、少し道に迷いかけながらもiPadで正しいルートを確認して、無事にホテルに着いた。
なお、立地優先でホテルを予約していたため、隣室の騒音の影響を受け、就寝は1時半という有様であった。
翌朝。
指定席券&グリーン券引き換えが最優先であるため5時に起床。
2002年盆の青春18きっぷによる2泊3日鉄道旅行では、鹿児島から宮崎へ深夜バイクで移動し、4時間半就寝だったことはあったが、その記録を更新してしまった。
まあ、先月から列車に乗り遅れる夢を2度見ていたこともあり、台無しにするわけにはいかないという気持ちだけでうまく立ち回れた。
無事上野駅で券の購入を終え、5時47分に入場。
新幹線ホームへ入るのは初めてで、長いエスカレーターを下りきり、この日は臨時列車で1本先発であのE5系&E3系の併結運転が行われる、というわけで、その模様をビデオカメラで収録。
その後入線したE2系やまびこ51号に乗り込むと、隣席が若い女性で寝不足由来のローテンションも回復。
ただ、その後駅弁を食べ始め、「若い女性がこんな早朝6時過ぎから駅弁食うのか?」と思いつつも車窓を眺めていた。
鉄道博物館がある大宮までは新幹線に乗ったことはあるが、ここから先は初めてである。
小山駅から北は未踏であり、景色に目を凝らす。
東北の墓地には特徴があり、黒御影石が主流である。
西日本の墓地は凝灰岩由来の灰色が多いが、東北では黒い墓石が目立つ。
地質が異なるからなのかは分からないが、関東ローム層のような赤さを含むようでは墓石には向かず、黒御影石になるのも納得できる。
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タグ :鉄道旅行2012
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Posted by yochi at 22:17│Comments(0)
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