2016年05月25日
2016上半期ツーリング2日目(広島⇒伊佐⇒大隅)
連載3回目となりました「2016上半期ツーリング」。
昨年までは「GWツーリング」と称し、以下のような経緯を辿ってきました。
・2013年
初の北陸3県・信越2県入り。
東尋坊と兼六園、能登半島半周と善光寺参りをし、薩摩義士を祭る治水神社と伊勢神宮参拝の後、ついでで法隆寺も見学。
・2014年
初の静岡・山梨・神奈川・東京・埼玉・栃木・群馬県入り。
東名高速を東へ疾走し、富士山の裾野を通って圏央道回りで東北道を宇都宮まで。
日光にも足を踏み入れ、極寒の関越トンネルに凍えつつ、北越急行線に沿って西へ走り、世界遺産・五箇山の合掌造りの民宿に宿泊。出会った皆さんに温かく見送られて雨の降る寒い中を南に南下、何度もエンストや高速道路上の路肩でエンストするなど、かなり危機的状態が続いたが、何とか脱出でき、東大寺と春日大社を見て回る。
・2015年
久しぶりに中四国の瀬戸内一周へ出向くも、道に迷って急こう配の坂を上り下りするわ事故渋滞でのろのろするわで、広島ICの手前が渋滞ということで元カノの住む呉を通ることになり、号泣寸前。
それでも本場の讃岐うどんと広島風お好み焼きなどを食して英気を養う。厳島神社に5年ぶりに参拝。
まあ、こんな感じで、ロングツーリング3部作となるのが2012~2014年にかけての3年間で、昨年からは休みの日数の関係で西日本がメインとなります。
そういえば、先週出発前の慣らし運転で街中で信号停車中、スクーター乗りのおじさんから声をかけられ、排気量について答えた後、「これで宇都宮まで行ったことがあるんですよ」と話したら絶句していました。
それでは、今回は最終・広島からの帰路について記します。
前日0時前に就寝し、起床は6時15分。
さすがに少々きつかったが、まずは帰宅しないとゆっくりできない。
朝食券を手に取りレストランでバイキング形式の朝食を摂る。
大きなホテルにしては人数は少なめであった。
6時48分にホテルを出発し、国道2号西広島バイパスめがけて南下。
右手に見える平和記念公園でオバマ大統領が何を語るか気になりつつ、休日の早朝のため交通量の少ない国道2号を廿日市ICまで走る。
山陽道に入り、一路西へ。
去年と違い、天候が良いのに救われる。
去年は広島を出発して1時間後に雨が降り出し、それが帰宅するまで続いた。
さて、今回のテーマは「見知らぬ地に足を踏み入れる」である。
通常ならば、山口JCTで中国道に入り、というのが定番だが、今回は趣向を変えねばならない。
というわけで、山口南ICで降り、国道2号小郡バイパスを西へ。
この区間は、125cc以下のバイクは走行できないため、旧道である県道335号へ迂回しないといけないことを、13年前に走った私だからこそ知っている。なので、小郡バイパスから先は初めて走ることになる。
県道6号山口宇部道路へ合流し、宇部JCTから山陽道に入る。
ICの前後のみ4車線の暫定2車線道路なのが惜しいのだが、中国道と違い、規格が新しいため、とても走りやすい。
時間に余裕がある時はこっちの山陽道を走ろうと思うほどである。
快適に西へ走り抜け、下関JCTから中国道に入り、関門橋を通って九州に戻ってきた。
去年のGWは関門橋で事故渋滞に巻き込まれていたため、久しぶりに落ち着いて関門橋からの景色を楽しめた。
九州道をひたすら西へ進み、太宰府ICでの合流もこの日は少なめ。
鳥栖JCTの手前では珍しく追い越し車線を走って長崎道・大分道方面の車を避け、熊本県方面へ。
熊本地震後、熊本市を通るのは、これが初めてのことである。
まずは北熊本SAで給油。
122円/Lで少々高いと感じたが、給油できる分ありがたいと思った。
店員氏の話では、地震後1週間近く閉鎖され、緊急車両への給油から営業再開したとのこと。
少なくともSAは日常に戻ったわけであり、ほっとしたものであった。
その後南へ向かうも、早速ブルーシートを屋根にかけた家を見かけることになる。
3月下旬に利用した益城熊本空港ICで降りる車も多く、道路は補修中だったり応急補修で済ませたものだったりし、速度を落とさないとジャンプしてしまう。
橋の所で一旦停止という認識はあったが、誘導により徐行で済んだ。
いつもトイレ休憩で使っていた緑川PAも、出口の所にあった橋が撤去されていて、地震がいかにすさまじかったか物語っていた。
嘉島JCTから先は徐々に被害も少なくなっていったが、集落全戸がブルーシートを覆った家だらけだったところを見ると、言葉を失った。
早く復興することを願い、夏の再訪を心に決め、南九州道に入る。
津奈木ICで国道3号に入り、新水俣駅の先で国道268号に入り、伊佐市まで。
到着は北熊本SAで友人へ電話連絡した見立て通りの13時過ぎ。
山口土産を適当に渡した後、行列ができるラーメン店だという「力」へ。
ライダーが数人店を出てきたところであったが、友人の車で来た私がつい先ほどまでバイクで広島から走ってきたとはまず思いもしなかっただろう。
一番高い金山ねぎ味噌チャーシューメンにギョーザ・チャーハンセットを付けて食すが、十八番よりはおいしい。
冬はスパゲティよりもラーメンかと思いつつ店を後にし、再びバイクにまたがり横川ICに向かう。
そこから先は九州道を南へ向かい、加治木JCTから東九州道、そして2日前には通れなかった末吉財部IC~野方IC間も抜けて、自宅に着いたのが16時過ぎのことであった。
この日の走行距離は608km、3日間の総走行距離は1,402kmで、過去のロングツーリングからすると500km程度短いくらいなのだが、帰宅してからはかなりの疲労があった。
まあ、早起きするのは運転の必要がない鉄道旅行の方が向いていて、少々強行軍気味の部分はあったかもしれない。
次回は下半期にどこへ行くのか、ということになりそうだが、まず言えることは近畿地方から東へは行けないことである。
現職の今の環境では、日程的に無理だ。
まあ、夏が過ぎるころにどうするか決めればよいではないか、そう思う。
昨年までは「GWツーリング」と称し、以下のような経緯を辿ってきました。
・2013年
初の北陸3県・信越2県入り。
東尋坊と兼六園、能登半島半周と善光寺参りをし、薩摩義士を祭る治水神社と伊勢神宮参拝の後、ついでで法隆寺も見学。
・2014年
初の静岡・山梨・神奈川・東京・埼玉・栃木・群馬県入り。
東名高速を東へ疾走し、富士山の裾野を通って圏央道回りで東北道を宇都宮まで。
日光にも足を踏み入れ、極寒の関越トンネルに凍えつつ、北越急行線に沿って西へ走り、世界遺産・五箇山の合掌造りの民宿に宿泊。出会った皆さんに温かく見送られて雨の降る寒い中を南に南下、何度もエンストや高速道路上の路肩でエンストするなど、かなり危機的状態が続いたが、何とか脱出でき、東大寺と春日大社を見て回る。
・2015年
久しぶりに中四国の瀬戸内一周へ出向くも、道に迷って急こう配の坂を上り下りするわ事故渋滞でのろのろするわで、広島ICの手前が渋滞ということで元カノの住む呉を通ることになり、号泣寸前。
それでも本場の讃岐うどんと広島風お好み焼きなどを食して英気を養う。厳島神社に5年ぶりに参拝。
まあ、こんな感じで、ロングツーリング3部作となるのが2012~2014年にかけての3年間で、昨年からは休みの日数の関係で西日本がメインとなります。
そういえば、先週出発前の慣らし運転で街中で信号停車中、スクーター乗りのおじさんから声をかけられ、排気量について答えた後、「これで宇都宮まで行ったことがあるんですよ」と話したら絶句していました。
それでは、今回は最終・広島からの帰路について記します。
前日0時前に就寝し、起床は6時15分。
さすがに少々きつかったが、まずは帰宅しないとゆっくりできない。
朝食券を手に取りレストランでバイキング形式の朝食を摂る。
大きなホテルにしては人数は少なめであった。
6時48分にホテルを出発し、国道2号西広島バイパスめがけて南下。
右手に見える平和記念公園でオバマ大統領が何を語るか気になりつつ、休日の早朝のため交通量の少ない国道2号を廿日市ICまで走る。
山陽道に入り、一路西へ。
去年と違い、天候が良いのに救われる。
去年は広島を出発して1時間後に雨が降り出し、それが帰宅するまで続いた。
さて、今回のテーマは「見知らぬ地に足を踏み入れる」である。
通常ならば、山口JCTで中国道に入り、というのが定番だが、今回は趣向を変えねばならない。
というわけで、山口南ICで降り、国道2号小郡バイパスを西へ。
この区間は、125cc以下のバイクは走行できないため、旧道である県道335号へ迂回しないといけないことを、13年前に走った私だからこそ知っている。なので、小郡バイパスから先は初めて走ることになる。
県道6号山口宇部道路へ合流し、宇部JCTから山陽道に入る。
ICの前後のみ4車線の暫定2車線道路なのが惜しいのだが、中国道と違い、規格が新しいため、とても走りやすい。
時間に余裕がある時はこっちの山陽道を走ろうと思うほどである。
快適に西へ走り抜け、下関JCTから中国道に入り、関門橋を通って九州に戻ってきた。
去年のGWは関門橋で事故渋滞に巻き込まれていたため、久しぶりに落ち着いて関門橋からの景色を楽しめた。
九州道をひたすら西へ進み、太宰府ICでの合流もこの日は少なめ。
鳥栖JCTの手前では珍しく追い越し車線を走って長崎道・大分道方面の車を避け、熊本県方面へ。
熊本地震後、熊本市を通るのは、これが初めてのことである。
まずは北熊本SAで給油。
122円/Lで少々高いと感じたが、給油できる分ありがたいと思った。
店員氏の話では、地震後1週間近く閉鎖され、緊急車両への給油から営業再開したとのこと。
少なくともSAは日常に戻ったわけであり、ほっとしたものであった。
その後南へ向かうも、早速ブルーシートを屋根にかけた家を見かけることになる。
3月下旬に利用した益城熊本空港ICで降りる車も多く、道路は補修中だったり応急補修で済ませたものだったりし、速度を落とさないとジャンプしてしまう。
橋の所で一旦停止という認識はあったが、誘導により徐行で済んだ。
いつもトイレ休憩で使っていた緑川PAも、出口の所にあった橋が撤去されていて、地震がいかにすさまじかったか物語っていた。
嘉島JCTから先は徐々に被害も少なくなっていったが、集落全戸がブルーシートを覆った家だらけだったところを見ると、言葉を失った。
早く復興することを願い、夏の再訪を心に決め、南九州道に入る。
津奈木ICで国道3号に入り、新水俣駅の先で国道268号に入り、伊佐市まで。
到着は北熊本SAで友人へ電話連絡した見立て通りの13時過ぎ。
山口土産を適当に渡した後、行列ができるラーメン店だという「力」へ。
ライダーが数人店を出てきたところであったが、友人の車で来た私がつい先ほどまでバイクで広島から走ってきたとはまず思いもしなかっただろう。
一番高い金山ねぎ味噌チャーシューメンにギョーザ・チャーハンセットを付けて食すが、十八番よりはおいしい。
冬はスパゲティよりもラーメンかと思いつつ店を後にし、再びバイクにまたがり横川ICに向かう。
そこから先は九州道を南へ向かい、加治木JCTから東九州道、そして2日前には通れなかった末吉財部IC~野方IC間も抜けて、自宅に着いたのが16時過ぎのことであった。
この日の走行距離は608km、3日間の総走行距離は1,402kmで、過去のロングツーリングからすると500km程度短いくらいなのだが、帰宅してからはかなりの疲労があった。
まあ、早起きするのは運転の必要がない鉄道旅行の方が向いていて、少々強行軍気味の部分はあったかもしれない。
次回は下半期にどこへ行くのか、ということになりそうだが、まず言えることは近畿地方から東へは行けないことである。
現職の今の環境では、日程的に無理だ。
まあ、夏が過ぎるころにどうするか決めればよいではないか、そう思う。